夜空への手紙
〜Hit the floor外伝〜
特別編
京都の夜・3

 午後11ごろ、京都駅近くのホテルのシングルルームで、一人黙々と資格試験の勉強に励んでいた相葉のスマートフォンに、
香織からメッセージが届いた。

" お疲れ様、相葉さん。
お休みになられてたらごめんなさい。
大野の携帯電話が全く繋がらないんだけど、
飲みつぶれて迷惑かけてないかしら…
心配になって。"

相葉は隣の大野のシングルルームを確認しようと、急いでその扉をノックしに行った。

返答はなく、自分の部屋の電話から大野の部屋の電話へもかけてみたが、それにも返答はなかった。

相葉はすぐに、大野はミナミのところからまだ戻ってきていないのだと察した。

「…まいったなぁ。
帰ってくるよね、大野さん、、、まさかだよね、
まさかまさか!」

そう独り言を言いながら、相葉は香織へ返信を送った。

" 展望風呂に行ってます。
飲みつぶれてませんから、安心して下さい。"

相葉は大野がホテルへ戻ることを信じて、自分も展望風呂を堪能した後、
午前0時には眠りについた。

しかし、翌朝、朝食のバイキングの場でも、チェックアウトの時間のロビーでも、大野と顔を合わせることはなかった。

午前11時ごろの東京行きの復路の新幹線は、大野と隣合わせで指定席を取っていたため、
相葉は一人で京都駅の新幹線のホームで、ギリギリまで大野がやって来るのを待つことにした。
前の晩、ミナミの店ー

「…和服の女性を抱きしめるなんて、初めてです。」

ミナミが泣き止んだのを見計らい、大野が言った。

「、、、ふふっ、本当?
でも、驚いた。
さっきの息子との話、全部聞いてたんでしょ?」

ミナミがそっと、大野の腕の中で顔を上げ、涙の伝った跡でいっぱいの頬を赤くして笑った。

「すみません、盗み聞きしちゃって、、、」

大野は右手の指で、ミナミの頬にまだ残る涙を優しく拭った。

見つめ合った瞬間、ミナミの方から、唇は大野の唇へ重ねられ、
大野もそれに、自然に応えた。

飲み直したいというミナミの希望で、二人が店を出て向かったのは、
ミナミが京都で借りている自宅のマンションだった。
相葉が乗車予定の車両へ乗り込み、荷物を座席の上の棚へ置こうとしていた時、
はぁはぁと息を切らしながら、大野が滑り込んできた。

「…うっわ、ビックリした、、、大野さん…」

そう言いながら相葉は振り返り、ふっと大野の全身から香ってきた匂いに気がつき、表情を曇らせた。

「そんないい匂い、ホテルの展望風呂のどこからも、香ってきませんでしたけど。」

息が整うまで、座席に深く座って体をうずくまらせていた大野が、ようやく言葉を発した。

「…どんな…匂い?
朝から風呂…借りたから。」

相葉は買っていた缶ビールの封を開け、大野に手渡しながら答えた。

「、、、薔薇っすね。
ローズ、ダマスクローズってやつ。」

その相葉の表情は冷ややかだ。

大野はビールをごくごくと半分ほど飲んで、それに答えた。

「相葉も、そんな怖い顔、出来るんだな…。
…何、考えてる?
おまえの推理、話してくれ…。」

大野のその言葉に、相葉が話し始めた。

「…推理も何も、、、
俺、わかってはいましたけと、ミナミさんとの…二人の空気みたいなものは。
…何回目なんすか、ミナミさんと。」

「、、、何回もないよ。
初めてだよ。」

「…ほらぁ、ひっかかった!こんな簡単な誘導尋問にひっかかるような人が、、、何してんすか!
ゆうべ、香織さんに俺、嘘ついたんですよ!?
不倫のアリバイ工作の片棒担がせるなんて、勘弁して下さいよ!!」

相葉が静かな声でも激しい口調で大野へ言った。

大野は高速で流れていく車窓の景色をぼんやりと眺めながらぼそっと呟いた。

「そうなるしか、
ほか…なかった。」

車両の走行音だけが、大野と相葉の間に静かに流れている。

相葉が口を開いた。

「…俺、大野さんのことも、ミナミさんのことも、好きです、尊敬してます!
でも…それ以上に香織さんとマリちゃんのことが好きなんで!
香織さんとマリちゃんのために、嘘はつき通します!
だからもう、これ以上ミナミさんとは、、、」

そう相葉が言い終わるのを待たずに、大野が被せ気味に言った。

「…ない。
もう、二度と会うこともない。
すまん、相葉。
ありがとう。
…あんま寝てないから、寝る。」

大野は脱いだコートを頭から被り、動かなくなった。

" 二度と会うこともない "

という大野の言葉に、間違いはないだろうと相葉は感じた。

ミナミとは自分も含め、会社のスタッフ全員が、数年にわたる付き合いなのだ。

家庭を持つ身でありながら、そんなミナミと関係を持ち続けられらほど、
大野が不誠実な人間ではないことくらいわかる。

大野は一度きりの夜を過ごすことと引き換えに、
ミナミという最高の仕事仲間を失ったのだ。

そのことは、相葉も同じなのだ。

そんなことを考えながら、相葉が勉強のためにテキストを開くと、隣の大野がコートを被ったまま、
相葉へ再度こう言ってきた。

「…本当に、ごめん、相葉。」

それはアリバイ工作がどうのという事に対してではなく、相葉にとっても良き仕事仲間であり友人であったミナミを失わせたことへの謝罪であるに違いなかった。

大野は眠ってなどいなかった。
昨夜ミナミを抱いたことは、大野の中では全てを最後にするための覚悟があったためか、
それをミナミからも感じ取っていたためか、
不思議なほど流れは自然で、ためらいすらなかった。

しかし、ミナミが幼い我が子をおいて家を出た理由を聞いて、

妻の香織への思いでいっぱいになり、
今、一度でも香織を裏切る行為をしてしまったことに、
自責と後悔の念が、体中を駆け巡っていたのだ。

(つづく)