夜空への手紙
〜Hit the floor外伝〜
特別編
②京都の夜・1

相葉と花音の結婚披露パーティーよりおよそ3年前、、、、

二宮から忠告を受け、また、絵画教室での活動をセーブしていた香織との順調な夫婦生活を送っていた大野は、ミナミへの連絡を控え、京都での仕事も相葉へ任せるようになっていた。

しかし、頭の片隅ではミナミのことを気にする毎日であった。

ミナミは盗作レシピの裁判に負け、評判の落ちた店舗を閉鎖するという、終わりばかりを見つめる、
疲労感でいっぱいの日々を過ごしていた。

希望といえばもう、故郷である京都での出店と、
15歳になろうとしている一人息子の親権を元夫から取り戻し、一緒に暮らすこと、ただそれだけになっていた。

時々、大野の柔らかな笑顔を夢に見て、胸が締め付けられるように目覚める朝もあった。

少し前、相葉が自分の経営する店に連れてきていた大野の妻の、生き生きと若々しい姿を目の当たりにしてからというもの、

ミナミも大野と同様に、大野への連絡を控えるようになっていた。

そんな幾月かが過ぎ、
やがてミナミの京都の店が開店の時を迎えた。

大野の元へはミナミから、プレオープンの食事会の招待状が届いた。
中には往復の新幹線と、一泊分のホテルのチケットが2名分入っていた。

この時ばかりは相葉一人を向かわせる訳にもいかず、

大野は相葉と二人、ミナミの店の開店を祝うため、京都へと向かった。

「わ、、、ミナミさん和服ですよ大野さん!
あれもう銀座のママでも全然いける雰囲気っすね。」

祝儀の生花スタンドが並ぶ店の入り口に、ミナミが華やかな訪問着姿で招待客を出迎えていた。

久しぶりに顔を合わせた大野とミナミであったが、差し障りのない挨拶と二言三言の会話を交わすだけにとどまった。

招待客は他に施工業者の人物や、同じ木屋町で飲食店を経営する人物、中にはミナミの同級生などの姿が見られ、

食事会は賑やかにつつがなく進行されていった。

そんな時間の中でも、大野とミナミは話こそしなかったものの、
何度視線を合わせたかわからなかった。

食事会が終了したのは夜九時頃。大野は相葉とのツーショット写真を店内で撮影し、香織へ送った。

" これからホテルへ戻って相葉と飲みなおすよ"

というメッセージと共に。

ミナミの店を出たのは大野と相葉が最後だった。
その瞬間まで、大野は香織へ送ったメッセージの通りにしようと考えていたのだ。

しかし、店を出て少し歩いたところで、首に巻いていたはずのマフラーを、ミナミの店に忘れてきたことに気がついた。

「あ、悪い相葉、マフラー忘れてきた!あれ、香織からクリスマスに貰ったばっかなの。取りに戻るわ。」

二人の前にはちょうどタクシーが停車したところだった。

「…じゃあ、俺、先にホテル戻りますね。資格試験の勉強したいんで。」

相葉は福祉住環境コーディネーターの資格試験が目の前に迫っていたのだ。

「そっか、、、じゃあ飲みなおしも出来ないか。
俺もすぐ戻るよ。あのホテル、デカい展望風呂あったよね。あれ入りたい。」

そう言って、大野は一人でミナミの店へと戻った。

大野が店の入り口に立ち、そっとドアを開けたところに、さっきの食事会では聞かなかった、少年の声が耳へ入ってきた。

「…お母さん。」

そう言う少年の声が聞こえた途端、大野は中へと入っていく足を止めた。

その少年がミナミの一人息子だろうと察したからである。

その場を立ち去ろうとした時、少年がミナミへ話し始めた言葉に、
大野は動けなくなってしまった。

「僕にはお母さんを選べへんねん。
そんなん出来ひん。
…だって、だって、、、」

(つづく)