
幼稚園の時と変わらずとにかく蛍光灯がまぶしかった。
昭和の時代は1クラス40人いました。
とにかくうるさく、誰の声も聞こえず頭が真っ白になったまま1日が終わりました。
相変わらず給食も食べれず、帰りの時間になるまで
牛乳パックと給食トレーが机に置かれていました。
とにかく低身長でガリガリだった私。
唾を飛ばす男子や牛乳を吹く男子、あの中で食事はできませんでした。
先生からアフリカの子どもたちの話をされ、
ようやく給食トレーから解放されます。
下校時も歩くのが遅いので1人でトボトボと帰ります。
同学年にものすごく大きくて乱暴な男子がいました。
下校時にその子に見つかると
ランドセルに飛びかかってきて引き倒され、
そのあと殴る蹴るをされていました。
他の子達は危険を察知して逃げるのですが、
私はぼけーっとしていて
いつも気づくとニヤニヤ笑ったその子が
目の前にいるのです。
恐怖で動けない間に暴行を受け、その子の気が済むとどこかへ行ってしまいます。
団地の大人たちも誰も止めてくれませんでした。