34歳の地図(さーてぃーふぉーず まっぷ) | ablindspotのブログ

34歳の地図(さーてぃーふぉーず まっぷ)






最近 周りの方々がみんな


年をとってっていることを実感する







老眼鏡をかけるお客さん



背中が小さくなっていく親族



三十を迎えようとする妹



会うたびに大きくなっていく甥っ子



もちろん 死にゆく人々








確実に時は流れ


確実にその速度は早くなり



僕もいつのまにか







「ねえ おじさん」



と領域に入っており



もうしばらくすれば






若者から


「おっさん ジャマ…」


とか


「おっさん おっさん これなんぼ…」



というふうに






「世の中」という監督から



オフェンスから


中盤に移り


そして テ”ィフェンスを任され





40になってしまえば


もう後がなくなって



ごーるきーぱーに転向を指示されていく







別にゴールキーパーが


カッコ悪いとかそんなんじゃくってね




何かを完全に守らなくちゃいけないポジションという例え







もちろん


ゲームに参加していない人間もたくさんいるし


野次を飛ばす観客のような存在の人間もたくさんいる






攻めの場合は


例え点が取れなくても


華麗なるステップや 


バーに嫌われても凄すぎるシュートて”あれば


それは それて”



「プロセス」を評価されるのが





守備の場合は


「守って当たり前」がつきものて”


当たり前を当たり前にこなすことに


何の評価もなく


むしろ 失点なんかするもんなら



まわりから



「金返せ―」


とか



「このへっぽこー」



とやかられるわけなんすね





「うっせーてめえ


おりてこい やってみろこのやろー」





広島の前田みたいな感じて”ね













自分のフィールト“は自分のみぞ知るわけ





外野は外野



自分は自分




その気持ちを忘れなければ


いつまて”も攻撃陣に残ることが出来るやろうし





いつの日か


華麗なるシュートて”


ハットトリックをする可能性もある





(ないとおもったらもう この社会に魅力はない)





そんなときにはね


観客たちは手のひらを返したように


たちあがって



「ブラボーブラボー」



と拍手喝采する





ってことを考えてみる









守るべきものは 


結局自分のロマンて”あり


決して身の安全じゃない






ゴール決められたキーパーが


周りの選手たちにキレているのを見ると



なんしか 人のせいにしている気がして




けっきょく 何かを守ることって




そんな自分の都合のよい言い訳チックにも聞こえたりもしなくもない






「あいつのために」


「あなたのために」


「なにがしかをまもるために」







という視点て”俯瞰的にフィールト”を眺めてみた






そんなものに大志はない




そこにあるのは



打算 


悲観


保身



前例主義の「たら、れば」





さぁ




日本中年男子諸君




観客やヤジにとまと”うことなく


ピッチに立とう







しゃがれた尾崎を聞きながら



僕はセンチな溜息をついきている












続く