おちのない話
毎朝 8時5分になると
どっかの子供が
「かあちゃん、行ってきます」と叫ぶ声が聞こえてくる。、
毎朝
毎朝
気持ちいいくらいに大きな声で叫んで登校する
その叫び声の後に かあちゃんの
「いってらっしゃい、気を付けるのよ~」という声が
かすかに聞こえてくる。
僕が幸せを感じる朝のひと時。
この声が聞こえている大人たちはみんな
「いってこい ボウズ、楽しめよ。」
とおもっていることだろう
僕が働きに出ている間
きっと その子供は「ただいまー」と
母親の待つ家の扉を開けて
大きな声で叫んでいるのだろう
そして
「学校でなあ あいつがなあ ……でなあ、
でなあ 先生がなあ ……ってなあ」 と
ハッピーターンをかじりながら
多少 オーバーに母親に報告しているのだろう
その報告を聞きながしている母親は
「先に手を洗ってきなさい。」と
彼の独演会を遮ってしまうが
手を洗いながら彼は語り続ける
でも ひょっとしたら
彼の母さんは働きに出ていて
朝の元気はどこに消えたか
しょんぼりと
クビから下げた鍵でドアを開けて
誰もいないキッチンの冷蔵庫に向かって
「ただいま~」と呟き、それを開け牛乳を取り出し
いつものようにテーブルの上には
「これ チンして食べてね 母さんより」的な手紙と
551の豚まんが載っていて
それを読みながら、
それをかじりながら 御座の上で「行儀悪く」寝っ転がり
「ちちんぷいぷい」を見ているのかもしれない
僕の母親は専業主婦だったので
前者のほうだった。
住んでいるエリアが
ホワイトカラーが多かったせいか
どの友達の家に遊びに行っても 母さんたちがいて
本人には決して言わないものの
「あっこの母ちゃん怖いよな~」
とか
「あっこの母ちゃん 優しいよな~」
とか 評価していた。
怖すぎる母ちゃんの家には立ち寄りもしなかったが。
ところが
下町に引っ越した瞬間
そのあるべき風景が全く変わってしまった。
父ちゃんや、母ちゃんがいない片親の生徒もたくさんいて
父ちゃんも母ちゃんもいない施設から通う生徒もいて
環境に慣れやすい小学生であってしても
当時の僕には理解不能だった。
友達の家に遊びにいっても
母ちゃんがいない事が多く
机の上には お菓子さえも買い置きされていて
手紙なんて存在しない
そのまま 友達の家で
「4時ですよーだ」が終わるまで
皆でゴロゴロしながら、買い与えられた大量のおもちゃで遊び
親父さんが定期購読しているスポーツ新聞のエロ記事を
みんなで読んで
誰かが「夕飯だから そろそろ 帰らなきゃ。」と
ノーサイドの笛を吹き
皆が一斉に退去する
帰り際
「さみしくないん?」
「ん、いつものことやし。」
とは聞くものの
小学生ながら あまりにも僕が心配し過ぎると
それは それで憐れんでいるように思われるのも嫌だった。
なぜなら
かれらは学校では
明朗活発だったからかもしれない。
あまり深く掘り下げると
見てはいけないような彼らの何かにぶつかるような気がした
僕たちが去った祭の後、
いつ帰ってくるかわからない母親を待ちながら
ぼーとテレビを眺め続け
彼は「おかえり」をいうのを待ち続けていたのだろう
そんなことを考えて
家路に戻ると我が家には当然のように母親がいて
「おかえり」と言ってくれる。
同じ年齢なのに
同じ小学校に通っているのに
「おかえり」というのを待っている友達がいて
「おかえり」と当然のように言われる僕がいて
「境遇ってなんなんやろ」
「それを受け入れている彼はなんなんやろ。」
と
変な気分になったのを思い出す
それは言葉では言い表すことのできない
変なドロドロとした感覚だった
今なら運命や宿命って言葉で
いとも簡単に片づけられるんだけど
あーどうでもいい流れになってしまった
すみません
ここまで目を通していただいた方々
すみません
大橋さん
オチはありません
とにかく
8時5分の君、
「いってきます」も言わないし
「いってらっしゃい」も言われないし
「ただいま」も言わないし
「おかえり」も言われない
そんな一人暮らしをしているおっちゃんは
港がある君が羨ましいぞ。
今ある幸せを堪能したまえ
精一杯 叫びたまえ
つづく