物心ついた時から、僕にとって男性は可哀想な人だった。

 

僕が初めて学校に行かなくなった小学1年生のとき。なぜ行かなくなったかと言うと、担任の女の先生が生徒に虐待をする人だったから。

 

クラスで1番痩せてて、勉強が出来なかった男の子がいつも教壇に立たされ、みんなの前で暴力を振るわれていた。

 

1年くらいして流石にPTAで問題になったようで、彼女の辞職が決まった。

 

その頃には私も無事に学校に行くようになっていたが、父親の転勤で大阪に引っ越すことになり、奇しくも彼女と同じタイミングでその学校を離れる事になった。

 

「転校することになったので」

 

なんとなくそんな話を、彼女と2人きりで話している時だった。

 

突然、彼女は私を抱きしめた。

 

(???)となっていると、

 

「ごめんね、ごめんね…」

 

そうやってひたすら泣きながら何かに向かって謝り始めた。

 

もう1度それと同じ体験をしたのがその数年後。

 

祖父母と暮らしていた実家を出て大阪で暮らし始めると、母は鬼のように子供を虐げ始めた。

 

どちらかと言うと、それはいつも兄に対してだった。

 

食器が空を舞って粉々になっていく日もあった。

 

しかしいつの日か父親が折りたたみ式のパイプ椅子を3つ手にかけた時、私は気づいてしまった。

 

母親はいつも本当には当たらないように、どこかで手加減をしているのだと。

 

父親は殺そうとしていた。


その時、確実に当てるつもりだったと思う。


間一髪、机の影に隠れた兄はなんとか一命を取り留めたのだった。

 

母は時々私たちを捕まえたら、暴力を振るわずに抱きしめる時があった。

 

泣きながら、「ごめんね、ごめんね…」と何かに向かって謝り続けるのだ。

 

私たち兄弟は顔を見合せて、(なんだろうね?)とただ戸惑うしかなかった。

 

彼女たちがその時に何を思っていたのか、未だ子供を持たない私には理解ができない。

 

そんな波乱な毎日は、ある日突然、あっけなく終わりを迎えることとなる。

 

「風邪かなぁ」と病院に行った彼女は、それっきりそのまま何年も入院をすることになって、家に戻ってこなくなった。

 

身近な存在が虐められている姿がトラウマになったのかと聞かれると、そりゃあ見事に刻み込まれている事だろうと思う。

 

好意を持つ男性や、自分と近しい立場にある男性が苦しんでいたり、辛い目にあっている所を見ると、自分の身を裂かれるのと同じ痛みを感じた。

 

恋人や、家族と言った所だろうか。

 

私はそれが起きないよう、過剰に心配するし、この人をどうにか癒してあげなきゃと奮闘するのだった。

 

きっと、それは自分のためなのだろう。

 

大人になった私は美人に成長していた。

 

段々、母方の祖母に似てきたのかもしれない。

 

実際、不思議と人目を惹く何かがあるようで、大抵の男性はいつも私に性的な目を向けた。

 

彼らの手でも握ってやれば、イチコロだった。

 

だけど私は世界で1番愛した男性にこう言われた。

 

「お前はサゲマンだ」と。

 

彼は不幸になった原因が私にあると責めた。

 

たしかに、人よりも綺麗で優れたものが干渉すると、必ず良くない影響を及ぼしてしまうだろう。

 

彼は私と付き合ってから交通事故に何度も会うようになったし、私たちが働いていた会社は徐々に活気をなくし、何年か前に倒産したときいた。

 

それによって彼が不幸になったのなら、私はもう2度と男性に手を出すべきではないのだ。

 

私にとって男性は可哀想な存在で、性的なパートナーで、それ以上の感情はなかった。

 

それなのに、いつの日か自分がいくら傷ついても馬鹿みたいに私を守ろうとするような、そんな男が私の前に現れる。

 

そんなパラレルワールドへ。