終わり方 | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

夕方のNHKテレビで「有料老人ホーム」の選び方をやっていた。

それを見ていた母親(91歳)が、言う。

「近所の人で、老人ホームに入った婆さんから話を聞いたが、こう言う処は良くないことを私は知ってる」

以前から、「老人ホーム」とか「介護施設」の入居を極端に拒絶している。

主治医の先生からも、頸椎症で体の自由がなくなったから、ヘルパーさんの活用も考えたらとアドバイスを貰ったが、「赤の他人」が家に来ることも極端に嫌う。

仕方なく自宅介護だ。

今のところ、自分で食事もできる、トイレや入浴の時に、世話をするだけで良いから、私への負担は少ない。

しかし、逆に精神的な負担は大きい。

一番のストレスは、統失症の弟。

朝、昼、晩と、それぞれ1時間以上支離滅裂な、被害妄想話を聞かされる。

小さな声で囁くならまだ許容できるが、大きな声で延々と喋るから、ひと昔前の選挙の連呼みたいだ。


結局、障害者2人の面倒を見ているのが実態だ...。


母親が極端に「老人ホーム」を嫌うのは、お隣の婆さんが「老人ホーム」に入居して間もなく亡くなったからだそうだ。

つまり、「老人ホーム」=「老人の寿命を短くするところ」と言う理解だ。


その母親が、去年、腸炎を患て大病院に約一か月入院した。

退院しても、主治医から同じ薬を処方してもらっている。

腸の状態を良い状態に維持するために「漢方」を3回飲む。

本人に言わせると、この薬には「睡眠薬」が入っているから、飲むとすぐ寝てしまう。

病院は、看護師の手が行き届かないから、この薬を飲まされても仕方がないと思ったが、家でも飲むのはオカシイと言う。

私が楽をするために主治医に頼んで出してもらっているに違いないと。

何故なら、主治医と私が仲良く話をしているからだそうだ。

私が昼寝でウトウトしている時に、弟に話をしていた。


私も67歳だから、平均寿命を80歳とすると、残すところ15年もないわけだ。

母親の介護をしながら、「自分の終わり方を、きちんと考えておかないといけない」と、つくづく思う。

父親は、肝臓がんで余命半年と言われたが、1年半生きた。

癌が肺に転移し、声が出なくなって、白板で意思を伝えていた。

最期に私に伝えたのは、

「死にたくない」

だった。