「こども電話相談室」終わったんだってねぇ | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

TBSラジオで51年もやっていた人気番組だったそうだ。

「全国こども電話相談室」

3月に幕を下ろした。
文藝春秋7月号に、無着成恭氏が51年の裏側を語っている。
氏は、僧侶であり、教師。

その中で興味のある記述があった。

「昭和36年に始まった経済主義教育で、国家から『こういうことを教えなさい』と命令されたことを教えるようになった。
日本の学校教育では、文部省が正解だという答えを、考えるよりも、早く答えを見つけて書いた子供のほうが偉いということになってしまった。

そうやって、考えることをさせなくなり、人間が哲学的であることも宗教的であることも求めなくなった。
それで日本というのは非常につまらない国になってしまった。そんな時に誕生したのがこの番組」


昭和36年ということは、私が15歳だから、中学1年生だった。
この番組を聴いた記憶がないから、何とも言えないが、日本の教育主義が経済主義になったとは知らなかったが、池田勇人総理が「所得倍増計画」をぶち上げ、その後の経済発展を開始したのと符合するね。

経済主義=経済発展を最優先の政策、国策とした訳だ。

その結果、日本は「豊か」になったのも事実だが。

無着先生は、日本が豊かになった結果、家庭で子供が労働を担うことがなくった分、家庭での躾もしなくなったと指摘する。

禅宗に「学・守・破・離」と言う言葉あるんのだそうだ。
禅宗では、ご飯の食べ方、座り方、挨拶の仕方など全てに型があって、子供のころからその型を教える。
型を学び、それが守れるようになって初めて、その型を破り、型から自由になれる。
型を学ばない人は、「カタなし」で型破りにもなれない。

現代は、パソコンやスマホで調べれば何でも答えが出てくる時代だが、そこにないのは「会話」。
いろんなことに疑問を持って、それを質問できるということは、人間としての条件を備えていること。
子どもに質問をさせなくなった国に将来はない。
大人のやることは、子供の疑問を大切にし、一生懸命に答えてあげること。

以上無着先生の言いたいこと。


「負た子に教えられて浅瀬を渡る」にも通じるかな。