「長生き」の枕詞 | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

母親が7月に腸炎にかかり済生会病院に入院した。

大腸に潰瘍ができているそうだが、癌とか悪性の潰瘍ではないと言う診断。

90歳と言う年も年だけど、今月、内視鏡の検査をする。

その後は紹介してくれた医院でOKと言う話になった。

紹介してくれた医院は往診をしてくれる。

リハビリも含めケア・マネジャーの方が月2回の往診もケアプランに組み込んでくれた。

今日医院の先生と話をして、10月から往診を始めることにした。

何時が良いか本人に確認してくださいと言うので、母親に話したら、

「余計なことはしなくていい、往診なんかしなくていい。どこも悪くはない」

と言い出す。

これだけなら良いのだが、前からかかっている内科と整形外科で十分で、なんであんな医院に往診に来てもらう必要があるのかとまで言う。

この前は、内科の先生は話を聞くだけで何も診察をしない、良くなるはずがないと文句を言っていた。

往診してくいれる医院は、友達が以前お世話になったが、とっても良いからそこに変えたいと言っていた。

それを信じていたが、言うことがコロコロ変わるので、こっちが良かれと思ってやっても、ひっくり返される。

「認知症」と思って対応するしかないと言っても、生身の人間にはたまらない。

会社の先輩のお母さんも、お母親と同じ年90歳。

妹さんが世話をしていたが、介護疲れで入院してしまったらしい。

紆余曲折の末、お母さんを施設に入居してもらったと言う話を聞いた。

家の母親も何時かはその時が来るのだろう。

「長生き」と言っても、枕詞が気になるね。

この前、良いことを聞いた。

「死ぬまで長生きして下さい」