高田好胤師の法話集に「月になぜウサギがすんでいるのか」と言う法話がある。
『ジャータカ』というお釈迦さまの本生譚(ほんにょうたん)にある話を紹介している。
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鹿野苑(ろくやおん)に、ウサギとキツネとサルが仲良く住んでいました。
あるとき、帝釈天がおじいさんの姿に身を変えて三匹の前に現れました。
帝釈天は、お腹がすいているので何か食べ物を世話してくれないか、と頼みました。
キツネは川から魚をくわえて帰り、サルは林から木の実を沢山持ち帰りました。
ところがウサギは何も持たずにとぼとぼと帰ってきました。
おじいさんは「君達はもっと仲が良いと思ったのにてんでばらばらだな」と言いました。
するとウサギはキツネとサルに、枯れ木を集めて火をつけて欲しいと頼みました。
やがて火がつくとウサギは、粛然として言いました。
「私の肉を焼いて差し上げますから、これを召し上がってください。」
そういい終わるやいなや、火の中に飛び込んでいったのです。
帝釈天は感嘆いたしました。
自分の体を捧げてひもじさを癒してくれる、これはまさしく菩薩行である、こんな立派な精神をむざむざと失くすことはできないと。
本来の姿に戻られた帝釈天はウサギを月の世界に伴って連れて行きました。
それで月にはウサギが住むようになったと言うことです。
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注1:ジャータカ お釈迦さまが前世においておさめた菩薩行を集めた仏教説話集。
注2:鹿野苑 お釈迦さまが悟りを開かれたのち、初めて5人の修行者に説法した地。
注3:帝釈天 須弥山(しゅみせん)の頂上、忉利天の主で、梵天と並び称される仏法守護の主神。
月に何故ウサギがいるのかは、この話にルーツがあると言うことのようだ。
お月見の時にお餅をついているあの「ウサギ」さんは、菩薩行をした「ウサギ」さんだったのか。
知らなかった。
ただ、この話を聞いて、もう一つの「何故」があるのではないかと思った。
それは、帝釈天が老人に姿を変えて、仲の良い三匹の動物を訪れたかだ?
帝釈天が訪れ無ければ、三匹の動物は仲良く暮らしていたのにね。
「菩薩行」と帝釈天を感嘆させた「ウサギ」は月に連れて行かれて、餅つきをやっている?
残った「キツネ」と「サル」は、どうしたんだろうね。
何故か?
何故か?
何故か?
解らない。