中学1年生の新学期が始まると同時に、生まれ故郷の田舎町から、九州一の大都会、福岡市に転居した。
電力会社勤務の父親が、田舎の発電所勤務から、本店勤務になったからだ。
何故か、知らないが、電力会社は本社は「本店」と呼んでいた。
当時は電力会社と言えども、福岡市内に社員住宅(社宅)を用意するのが容易ではない時代だったらしく、新しく建設された住宅公団の団地に一先ず入った。
親父の話では、そう簡単に入れないのだが、会社が押している県会議員の力添えだと聞いた記憶がある。
入居した公団で最初に経験したのが「水洗便所」。
物凄い勢いで水が出てきたのに、驚くと同時に、何かやってはいけないことをやってしまった旗駕した。
「誰か止めて!」と叫んだ。