幽霊(マレーシア、ペナン) | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

仕事ですんでいた頃(1987年~90年)、マレーシアのペナン島は、東洋の真珠と呼ばれていた。


マレー半島とペナン島を結ぶ交通の手段は「フェリー」だった。


赴任したころは、既にマレー半島とペナン島を結ぶつり橋型の「ペナンブリッジ」が開通していた。


この橋を建設したのは韓国の現代建設。


日本のゼネコンの方に聞いた話だが、つり橋型の建設が出来るということは、高い技術力の証だそうだ。


橋は、両端からせり寄せるので、高い技術力が要求されるので、韓国勢には出来ないと踏んでいたが、残念ながら日本勢は受注できなかった。


受注に絡んで何かあっても不思議ではない時代だ。


この橋が完成間直近に、大きな事故を起こした。


両端から競りあがってきた最後の工程で、橋桁が落下し橋脚を傷めたそうだ。


当然、命を落とした作業者もいたそうだ。


その後、予定は遅れたが橋は完成した。


自宅はペナン島。


会社はマレー半島にある。


片道1時間半の車通勤。


大半がフェリーを使うが、帰りのフェリーは渋滞で下手すると30分は待たされることも多かった。


そういう時は、一寸高いが橋を使う。


通行料だけでなく、橋の方が遠回りになるが、ガラガラだから時間的には早い。


会社でそういう話をしていたら、夜遅く橋は使わないほうが良いと言う。


何故?


夜遅く橋を通っていると、橋の中央あたりで人が立っていて、乗せてくれというので後部座席に乗せてあげる。


ペナン島に入って、どこまで送れば良いのかと声を掛けると、その人の姿がない。


その人の座っていた席がびっしょり濡れている。


その人は、橋の事故でなくなった作業者。


幽霊ということ。


しかし、よくよく考えてみるにおかしな点がある。


後部座席に座るのと、振り返ったら姿が消えていた。


何故、助手席に乗せないの?


バックミラーで見れば分かるでしょう?


<ペナンブリッジ>



『昭和23年に生まれて』のブログ


『昭和23年に生まれて』のブログ