初めての海外出張《印度篇1》 | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。





1979年、初めての海外出張。入社7年目。




出張先は、印度、ニューデリー。




通信近代化案件の「通信機器の現地生産」関係での出張。




あのパンナム航空の西回り便がある時代。




香港経由で、ニューデリーに。




ニューデリーの次は、ヨーロッパ(フランクフルト?)まで行ってしまうので、くれぐれも機内での深酒は駄目と注意された。




何でも、技術部の兵が、印度は遠いなと思っいながら降り立ったところが、ヨーロッパだったと言う武勇伝があったらしい。


(1987年、マレーシアの出向先で上司となったが、そのときの話は別途)




写真は、駐在事務所の前で撮ったもの。




駐在事務所で最初に受けた注意事項は、「使用人に指示してやらせること、自分ではやらないこと」だった。




仕事ではない。




喉が渇いたと、勝手に冷蔵庫の飲料水(確かコカコーラが入っていた)を取って飲まないこと。




机から落とした書類等は、自分で取らないこと。




コピーも自分では取らない事。




何故か、「仕事がやりにくくなる」から。




と言うのは、使用人を使わないで自分でやってしまう日本人に対し、インド人は「この日本人のカーストは低い」と思い込んでしまうということだった。




日本には「カースト制」はないから、関係ないと思うが、そういう問題ではない。


印度にはカースト制があり、インド人の尺度がどうかと言うことだそうだ。




これこそ、「異文化」だね。




さらに、驚かされたのは、事務所の受付の男性は、英国の弁護士資格を持っているが、どうもカーストの事情があるらしかった。




当然、弁護士の仕事はしていない。




人間の能力を無駄に使う制度が、30数年前には立派に生きていた。




スズキ自動車の印度での成功は、単なる自動車ビジネスの成功と言うより、何か途轍もない成功ストーリーではないかと思ってしまう。