1979年、初めての海外出張。入社7年目。
出張先は、印度、ニューデリー。
通信近代化案件の「通信機器の現地生産」関係での出張。
あのパンナム航空の西回り便がある時代。
香港経由で、ニューデリーに。
ニューデリーの次は、ヨーロッパ(フランクフルト?)まで行ってしまうので、くれぐれも機内での深酒は駄目と注意された。
何でも、技術部の兵が、印度は遠いなと思っいながら降り立ったところが、ヨーロッパだったと言う武勇伝があったらしい。
(1987年、マレーシアの出向先で上司となったが、そのときの話は別途)
写真は、駐在事務所の前で撮ったもの。
駐在事務所で最初に受けた注意事項は、「使用人に指示してやらせること、自分ではやらないこと」だった。
仕事ではない。
喉が渇いたと、勝手に冷蔵庫の飲料水(確かコカコーラが入っていた)を取って飲まないこと。
机から落とした書類等は、自分で取らないこと。
コピーも自分では取らない事。
何故か、「仕事がやりにくくなる」から。
と言うのは、使用人を使わないで自分でやってしまう日本人に対し、インド人は「この日本人のカーストは低い」と思い込んでしまうということだった。
日本には「カースト制」はないから、関係ないと思うが、そういう問題ではない。
印度にはカースト制があり、インド人の尺度がどうかと言うことだそうだ。
これこそ、「異文化」だね。
さらに、驚かされたのは、事務所の受付の男性は、英国の弁護士資格を持っているが、どうもカーストの事情があるらしかった。
当然、弁護士の仕事はしていない。
人間の能力を無駄に使う制度が、30数年前には立派に生きていた。
スズキ自動車の印度での成功は、単なる自動車ビジネスの成功と言うより、何か途轍もない成功ストーリーではないかと思ってしまう。
