そう母への余命宣告を聞かされたのは2006年の11月。
2004年の8月に胃ガン摘出手術を受け、たった2年での再発でした。
スキルス性胃がんの末期でリンパへの転移、再手術は無理。
このまま、点滴と薬でいきましょう。。。
母がいなくなる!?そんなのウソだ!!信じない

母は若い頃から病弱で、ある病気から胃も半分摘出されていて食も細く
子供も 『一人しかダメですよ!』 と言われていたのですが
私の兄を産んだあと 『どうしても女の子がほしい!』
そして、頑張って私を産んでくれました。
50歳を過ぎた頃から多関節リウマチを患い
歳を重ねるごとに手や足の関節が曲がって固まり
数年前からはほとんど自分で動くことすら困難になり
常に誰かの補助を必要とするくらいになっていました。
母のリウマチはすごい痛みを伴うもので、いつも眉間にしわを寄せ辛そうでした。
そんな母に今度はがん!しかも余命数ヶ月。。。
あまりに惨い仕打ち 『何で母なの!?どれだけ苦しめれば気がすむの
』怒りがこみ上げてくると同時に
『神さま、お願い!!どうか母を連れて行かないで。。。』
当時私は、自宅で一人になるとよく泣いていました。
ある日 『もし母がいなくなったら、きっと私も。。。』 そうつぶやくと
『馬鹿なこと言ってんじゃない
おまえがいなくなったら残されたみんなはどうなる!?お母さんのことは辛いけど、これでもう長年の痛みからやっと解放されるんだ。
そう思って最期まで頑張るしかないだろ!』
旦那さんの言葉に
私は思いっきり泣き、そして現実を受け入れました。
それから、母を看取る最期の日まで 私たち家族の病院での闘いが始まったのです。
まずは母を騙すこと。
もし母が、自分がもう助からないと知ったら
お金もかかり、家族の手をわずらわせる入院など 『絶対にしない!』 そう言うに決まっている。
医者と相談の結果 『栄養をつけるための入院』
本当の事は、家族と私のごく親しい友人以外誰にも内緒でした。
私は会社員。
『できるだけ母のそばにいたいんです』 そう社長に告げると
普段から理解のある社長は、毎日私を定時より早く帰らせてくれました。
朝から夕方まで仕事をし、いったん帰宅後支度を整え病院へ
そのまま母の病室に泊まり、明け方父と交代。自宅に戻り支度をし直して出勤。。。
毎日がその繰り返しでした。
そんな頑張りが通じたのか、年末に一時帰宅の許可がおり母を自宅に帰すことができました。
2007年の元旦、私たち夫婦と4人揃ってのお正月。
これが最後なんだ。。。
正月あけで病院に戻ると、何を思ったのか 『このまま今までと同じ点滴と薬なら家にいたい』
母が主治医に懇願したのです。
点滴は在宅でも可能ということで、私たち家族は看護師からやり方講習を受け
母を退院させることに決めました。
ただ、すべてを父一人に任せるのは無理。
私の家から病院までは車で10分と近かったため今までは何とかこなせた生活も
実家となると車で30分。通うには時間のロスがありすぎる。。。
『そうだ!母を私の家でみればいい!!』 旦那さんも大賛成。
そして、今まで通り朝から夕方までは父。私が帰宅後父が自宅に戻る生活が始まりました。
点滴の水分で母がトイレに行く回数は結構マメで、その都度誰かが抱き起こし連れて行っていたのですが
日を追うごとにその回数は頻繁になり、私がつきっきりになる夜には 『30分』 置きとなり
私はほとんど寝ることができないまま、母に名前を呼ばれる度トイレへの付き添いをし続けました。
その当時、わが家にはまだアビィとケリィしかいませんでしたが
寝るときはいつも旦那さんと2階の寝室に行くはずのケリィが、母が家に来てからはなぜかずっと
私と母のいる1階の和室で一緒に寝るようになり
当然、30分置きのトイレ時も一緒に起きざるを得ず、目をショボショボさせながらも付き合ってくれていました。
そんなある日、母の身体に黄疸が現れ始め全身真っ黄色に!
母に嘘をつき、すぐ病院へ連れて行きました。
何も知らない医師が 『いつから黄疸が出たのですか?』 母を前に私たちに聞いてきて
マズイ!母にバレてしまう!! そう思った瞬間 『えっ?私そんなに黄色いの!?』
勘の鋭い母はそこですべてを悟ったと見え、ただ黙って私をじっと見つめていました。
それでも私たちはあくまで嘘を突き通し、亡くなる最期の日まで普通に接し続け
そして、2007年2月24日。母は天国へと旅立っていったのです。。
あれから3年、あんなに辛く悲しい日々を過ごしたにも関わらず 私が覚えているのは
病院で起きた出来事と母と交わした最後の言葉だけ。。。
ある脳科学者が
人間の脳はすべてを記憶しているが、いちいちそれを持ち出してはいない。
と、あるTV番組で話しているのを観たことがあります。
なるほど!だから生きていけるんだ。いつまでも引きずっていては前に進めないですから。
だから私も頑張れる!!私を必要としてくれている家族や友達、何よりこの世に生を受けた自分自身のために。
今まで以上にしっかり生きていかなければ。。。
人生はたった一度!今この時はもう二度と戻って来ないのですから。
これからも、いつも明るく笑っていられる私でありたい。そう思います!
何だか、今日はしんみりした話になってしまいましたね。ごめんなさい
明日からは、またいつものわが家を紹介させていただきますので
呆れずにお付き合いのほどどうぞよろしくお願いします。
最後に、当時一緒に頑張ってくれたケリィの寝顔を見てやって下さい。
ありがとう、ケリィ![]()
