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自身の考察など。

 
私はお休みが火曜日なので、月曜夜に出掛けることが多いのですが、最近通っているbarが、月曜はFTMnightとなっていて、バーテンさんがFTMさんなんですね。

お目当てのバーテンさんがいて、通っているって言う子が中には多いのですが、話していて思うのは、みんな同志を求めているんだなぁ~って言う事。


今回の例、


彼女は好きな(見た目がドストライクらしい。)バーテン(FTM)さんがいて、連絡先を交換して食事に誘ったりしているけど、「今度連れていってくださいね。」と、相手からは提案がない。自分は相手よりも年上だから、そういうふうに見られてしまうのかもしれないけど、嫌だと。軽くかわされているようにも思えるし、思うように関係性が発展しなくて辛い。

というような、ざっくり話すとその様な内容でした。


私「こちらが日時など指定してご飯食べに行けばいいじゃない?」

彼女「ご飯食べに連れて行ってくれる人になりたくないの。」


あー、なるほど。彼女はきっと、甘えたいし、依存したいタイプで、頼りたいのだなぁ~と、感じたわけです。

彼の方がどういうタイプなのかはわからないのですが、現時点で、彼の出方を否定して、自分の理想を重ねようとしていることに気づいていないのだなぁ~と、感じたわけです。そして、自分の行動の先の方程式を、勝手に決めて結論立てている。

見た目は、人と人とを繋ぐきっかけにすぎなくて、その後、その人とどういった関係性を築いて行くかは本人達次第。見た目から好きになって、勝手に自分の理想を相手に押し付けて、そうでない反応が返ってきたら、傷つく。なんとも身勝手な話だなぁ~と思ってしまいました。

FTMさんとの恋愛は、きっと普通の男女の恋愛とあまり変わらないのでしょうけど、でも1つだけ決定的に違うのは、FTMは人格形成される幼少期から思春期までの間に、周りから認められないジェンダーを味わっているという事でしょう。

受けてきた扱いが、一般男性とは違うのです。一般女性が受ける扱いを受けてきたでしょう。
 
そういった人だと分かった上で、見た目と、その人の背景まで丸ごと抱えて、「好き」だと言って欲しかったなぁ~と、

まー、私も理想を彼女に求めてしまったわけです。

以前なら、考え方の擦り合わせをしたりして、もっと語り合ったりしていたのですが、私の中で、その彼女とそれ以上の関係性を望んでいなかったので、突っ込むことは止めました。

FTMを好きな人は、根本的には相手に男性性を求めているのでしょうね。

ジェンダーとか、見た目とか、そういった事は関係なく、人を思う気持ちは変わらないし、大事にしたい事とか、大切にしたい思いとか、築きたい関係性は、共通するものがあるんだと思っているのですが、なかなかそうでもないのかもしれないな、、、と、ちょっと感じました。






明けましておめでとうございます。





昨年末、ふと、ドライヤーを見つめていると、『何故ここにドライヤーがあるのか?』という、当たり前の疑問が浮かんできました。

思い返してみれば、昨年を通して与えられる私への数多くの感動体験は、全てがその事へ繋がっていました。



 * * *



2014年に差しかる頃、後ろから急かされるような、胸の奥がざわめき立つような、
期待が半分、恐れが半分、二つの相反するような気持ちを含んだような、言葉になら無い『予感』を感じていました。

2009年の時間をはずした日。

私は一度死にました。

それまでの私を私として形作ってきた事柄全てから外れて、真の闇の世界の底にいる私と出逢いました。

その頃を思い出させるような予感を含んだ思いが渦巻いていた昨年前期。

始まりは、麿さんとマシマさんとの旅からでした。

胎盤のお話を聞き、私の根底にある、『コイ』の対照の正体を見せられました。
 
今までに、こんなにもその対照を明確に言い現して、確かな存在として在る事を伝えてくれた人はいませんでした。

腹の底から突き上げるような、強烈で本能的な喜びを伴った気付き。

私が好きなもの、興味の在るものに、
正直に向き合い続けた昨年でした。







数多く出掛けた旅先でのギフトも、大きく私を喜ばせてくれましたし、

言葉にすると消えてしまいそうな淡い感動を胸にしまえる日も沢山ありました。



水面に一滴の雫を落として、静かに拡がる波紋のように、
私の心に何度も落とされたその雫は、
喜びも、苛立ちも、様々な感情を大きなうねりをあげて波を立て、
一切を飲み込んで残ったのは、

ただただ、存在する力そのものでした。

『収束させる力』



それを見せて行く事を私の生き方にしたいと決めました。

受け取る情報は、その時のその人の意識状態で全く違うと思います。


 * * * * *
 

 あなたがたが、二つのものを一つにし、内を外のように、外を内のようにするとき、

 あなたがたが、男と女を一人(単独者)にして、男を男でないように、女を女(でないように)にするならば、

 あなたがたが、一つの目の代わりに目をつくり、
 
 一つの手の代わりに手をつくり、

 一つの足の代わりに足をつくり、

 一つの像の代わりに一つの像をつくるときに、

 その時にあなたがたは【御国】に入るであろう。

 
※トマスによる福音書におけるイエショア22番語録より。

 
 

 * * * * *

 
 私は、このような視点で、これからを生きたいと思っています。
 
 

これを今年の所信表明とさせていただきます。


どうぞ、今年もよろしくお願いいたします!




※今回記載させて頂いた作品は、
 知人であるマシマタケシさんの
 新作YOMI です。
 作品詳細はこちらから→☆☆☆

こんにちはニコ渡辺晴子ですニコLOVE





今、銀座では、
Diorの軌跡をたどる、無料展示会が開かれています。



昨年の社内コンテストで、
『ドレスに似合うアップスタイル』というテーマの時に、
Diorのドレスをイメージしたヘアスタイルをつくり、
優勝させていただきました。

そのドレスを、一目見たくて、先日行ってきました♪

会場は、地下一階から地上三階まで、
メゾン、ドレス、アクセサリー、資料写真の構成でなされており、クリスチャンディオールから、現アートディレクターのラフシモンズの辿った軌跡が展示されていて、
とても見ごたえのあるものでした!







来年、1月4日までの期間限定展示ですのて、
興味のある方は、是非お立ち寄りください♪



渡辺晴子
こちらの記事→☆☆☆の、補足です。






    
全国新酒鑑評会にて3年連続の金賞を受賞。

◆平成22年度全国新酒鑑評会 金賞受賞
 
◆平成24年度全国新酒鑑評会 金賞受賞
 
◆平成25年度全国新酒鑑評会 金賞受賞
 
◆平成26年度全国新酒鑑評会 金賞受賞
 
 
 


 
昔から、女人禁制とされていた杜氏の世界で、永宝屋さんには、女性の杜氏さんがいらっしゃいました。
それも、母と娘の親子二代として。全国でも、永宝屋さんだけだそうです。

酒造技能士のお母様と、ゆりさんが大学で学んだ醸造学を併せて、女性目線で誕生した『ゆり』を、更にパワーアップさせて、熟練会津杜氏との合作で出来上がったのもだそうです。




 



 

 先日、会津若松に行ってきました。

 

 

 

 

 旅は、「『ましろはれつ』」とのネーミングを掲げて、裏磐梯からスタートし、五色温泉でじっくり身体を解して、雪見風呂を堪能しました。

 

 レッツマシマログループは南下して白河へ、私は、順ちゃんと共に北上して、会津若松へ向かいました。

 

 一通り、鶴ヶ城など見学し終えた後、七日町の商店街が、活気があって賑わっていると聞いて立ち寄ったのですが、日が悪く、どこのお店もシャッターが降りていました。。。

 

 そんな中、存在感を際立たせた酒屋さんが一軒。そこだけが光を放っているかのように見え・・・、

 

 一緒だった順ちゃんは、お酒が大好きな姉さんで、吸い寄せられるように、そこに二人で入って行きました。

 

 

 

 


 * * * 

 

  

 

 

 『 鶴乃江酒造 』 

 

 

 創業寛政6年の老舗酒蔵で、昔ながらの製法を守る、200年の歴史のある酒屋さんでした。

 

 近年の酒蔵では、量産を目的として、アコーディオンように、横から機械で圧力をかけてお酒を絞るところが増えているようです。

 

 そんな中、鶴乃江酒造(永宝屋)さんは、槽(ふね)という手法を守り続け、上からゆっくりと圧力をかけて、清酒と酒かすとに分ける作業の全工程を手作業で行っているそうです。

 

 絞る「目」が、アコーディオンのようになってしまえば、細かくなるので、酒かすの出る量は減り、清酒を効率よく取り出せるそうですが、酒かすの中に、酒のうまみや、奥深さの元になるようなものまで取り残されてしまうそうです。

 

 反対に、槽で絞った清酒は、その「目」が、そのままの状態で粗いため、澱(オリ)と呼ばれるものが多く出るため、うまみや奥深さがしっかりと清酒に残った状態で取り出せるそうです。

 

 私は、この一番目の原酒(にごり酒)を購入してきたのですが、グラスに注いだお酒を飲んだ後には、グラスの縁一杯に、この澱が、たくさんついていました。とても濃厚で、喉を通ったときと、鼻から抜けたときと、併せて、いく通りもの味わいを感じます。

 

 この澱が、出なくなるまで、お酒にうまみを残しつつ、大吟醸と呼ばれるようになるまでには、何度も何度も手作業で、絞りを繰り返して作られるそうです。

 

 

 

 きっとそれは、とても時間のかかる作業で、その長さの中に、杜氏(とうじ)の思いが、たくさん込められて出来上がっているのだと思いました。

 

 

 

 

 この絞りと澱のお話は、ワインのお話でも耳にすることなのですが、永宝屋さんで、日本酒とワインの製法の違いをお聞きした時に、

 

 『日本酒は、日本人だから作ることが出来たものなのではないか?』と、

 

 心に残った事がありました。

 

 

 

 

 * * * 

 

 

 

 

 『 ワイン と 日本酒 』

 

 

 お酒(アルコール)は、酵母の中にいる微生物が、糖分を摂取する際に分解されて出た排泄物からなるそうです。

 

 ワインは、原材料がブドウなので、もともと糖分が表に出ている状態です。

 

 簡単に説明すると、ブドウジュースに酵母を入れれば、ワインが出来上がるのだそうです。(1+1で、出来上がる。)

 

 

 日本酒は、

 原材料に、お米を使用します。

 

 お米は、酵母を入れるだけでは、お酒にはならず、

 

 麹(こうじ)を入れて、

 

 先ずは、お米をブドウ糖へ変え、

 それを酵母と発酵させて作らなければならないそうです。

  

 その作業を、順番に行うのではなく、並行して行うそうです。


 

 1+1の間に、

 もう1つ必要で、

 

 その中間ゾーンをより強く持っているのが、日本人の在り方そのもののように感じたのです。

 

 

 


 日本人の言葉の表現には、『オノマトペ』と呼ばれる言葉があります。実際そこに音は聞こえないのに、トボトボと表現してみたり、モソモソと表現してみたり。。。

 

 言葉とは、見えない心を顕してくれるものだと私は思っています。

 

 見えている世界と、感じている世界を繋ぐ言葉が、豊富にあるのが日本語。

 

 その表現があることで、より豊かに、より情緒的に、世界を味わうことが出来ていると思っています。

 

 

 

 この関係性が、日本酒を作る行程と重なって見え、

 

 日本人の在り方そのものが、

 日本酒として、そういった形で現されて、出来上がったかのように感じ、

 

 大袈裟かもしれませんが、

 

 私たちの世界がそこに在るように思えたのです。

 

 

 

 それを、手作業で、

 

 丁寧に丁寧に仕上げた日本酒には、

 

 携わる杜氏の職人霊(タマシイ)が込められていて、

 

 私は、「それ」を飲み、腹に入れているんだなぁ~…と、思っています。

 

 

 

 世界を構成する塵のような○○は、

 

 様々な形で私の目の前に現れては、その存在感を見せつけてくれます。

 

 むせかえるような甘い匂いを纏ったかのような○○を、胸いっぱいに吸い上げて、


 おもいっきり浸った後には、凄く凄く元気になれるのです。

 

 

 

 

 * * *


 

 

 こんな話を、二週間程、いらっしゃるお客様に延々話し続けております。

 

 聞いてくださって、ありがとうございます。m(__)m平伏



 

 「『会津中将』」

 「『大吟醸 ゆり』」

 

 

 おすすめしたい、日本酒です!