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自身の考察など。

こんにちは!渡辺晴子です。

最近、私の男性のお客様で、
パーマをかける方が増えているように思います。


『他のお店でかけてもかからなかったけど、
 渡辺さんにやってもらってかかった!』

とか、

『いつもパーマをすると、
 かかりすぎておばさんみたいで嫌だったけど、
 渡辺さんにかけてもらって凄くナチュラルになって嬉しいです!』

とか。
 

嬉しいお言葉を沢山頂きます♪
皆様、ありがとうございます!(笑)

私、『くせ毛風パーマ』得意です!

エッヘン( ̄^ ̄)



パーマの良し悪しは、

カットです!

絶対です!

ベースカットが9割です。

パーマの薬剤選定1割です。


そんなもんです。。


むしろ、取れてもアリだよね!ってカットがしてあれば、

パーマが取れる位で、くせ毛風で良いのです!


 
髪の毛が柔らかくてかかりにくいとか、
硬くて、柔らかくかからないとか、
そんな悩みをお持ちの男性の皆様!

是非一度、ご相談に入らしてください!(*^^*)
 
セクシーでかっこいいパーマをかけましょう!

お待ちしてます!







 
  
 

 
 昨年末、毎日が慌ただしく、朝から晩まで途絶えることの無いお客様との交流に、喜びつつもその反面、

 

 夜まで続かない自身の体力を目の当たりにして、やるせない気持ちを味わいました。

 

 ■夜のお客様に、朝一のお客様と同じような自分で接することが出来ない事=クオリティーの低下。

 

 ■クオリティーの差があるのに同等の金額を受け取ることの申し訳無さと恥ずかしさ。

 

 では、価格を下げるのか?と自身に問えば『それは嫌だ』と言う私が立ち上がり、

 

 じゃぁ、どうするの?と自身に問えば、

『疲れや痛みを取り除きたい。』と訴える私がおり、

 

 “単純に、現状の疲れや痛みを取るだけでは、同じことを繰り返してしまう。” 

“それは目の前に起こる現状の根本解消にはならない。” と、説く私が立ち上がり、

  

 では、どうするのか?と自身に問うと、


 『常に最高のパフォーマンスをするための身体作りをしなければ、私がやりたいことがやりきれない!』

 

 と、訴える私の声に従って、トレーニングに取り組もうと至ったわけです。

 

 

 単純に、筋肉を付けるだけではなくて、

 自身の血と肉となる食事にも目を向けて、バランスを考えた食事を作ったりしているうちに、喜んでいる私がいることに気が付きました。

 

 喜んでいる私は、『これで私の内側の訴えを叶えてあげられるんだ!』と、笑顔ではしゃいで、ありがとうと、言っていました。

 

 その瞬間に、ふと、気が付いたんです。


 

 内省をする時、

 

 『自身の内側』が本当に求めていることに目を向けているのですが、

 

 私はずっと、内側のため、内側のため、と手を変え品を変え立ち上がっていた戦士(ウハネ)は、無敵なんだと思っていました。

 

 『その内側のために立ち上がる私』が行った行為に対して、何の感謝もなく、ただ頑張ることだけを強いらせて、完璧であることを追い求めさせて、疲れさせてしまっていた事には気が付いていませんでした。


 そちらをないがしろにして、内側(ウニヒピリ)だけを見つめる事は、ウハネにとっては自虐行為だったのではないかと思ったのです。

 

 今までずっと頑張っていたウハネ側の私にも、ありがとうと、ごめんなさいと、許してねと、大好きだよ。の、ホオポノポノが出てきました。

  

 

 

 * * *

 

 

 

 今までの私の人生の中で、 

 『これが本当の私です!』と表面に出したとき、

 

 その時まで回りにいた人達に受け入れてもらえず、その環境から排除されるという出来事が何度かありました。

 

 

 ■一つはセクシャリティーを表に出した時。


 ■一つはスピリチュアリティを表に出した時。

 

 

 それまで付き合ってきた人達と、バッサリと縁が切れてしまうという事ばかりでした。

 

 自分らしさを出した結果、周りからそれを否定され傷ついた私。好きな人達に嫌だと言われ、悲しかった私。

 

 そんな思いをもうさせたくはないと、私を必死に守ろうと立ち上がっていた戦士気質な私。

 

 私が傷つかないようにと、手を変え品を変え色々と何かを習得したり、与える行為は、表現したい私を圧し殺していることの裏返しでした。

 

 勿論、私は、自分の為に色々と与えてくれていた私がどれだけ頑張ってくれていたかを知っています。ずっと努力して、立派であろうと、受け入れてもらおうと戦っていたことを知っています。

 

 でもそれは、私を護るための鎧であると同時に、私を隠す鎧で、そこに押さえ込まれて、苦しんでいる私がいました。

 

 私の顕在意識(ウハネ)が、それに気が付いたとき、ウハネ側の自己否定が起こりました。

 

 あなたに対して、こんな愚かな私でごめんなさい、今まで気付かずに傷つけてごめんなさい。

 

 今までずっとこんな私に主導権を与えてくれていて、ありがとう。でもあなたを傷つけていたのは私でもあった、、あなたが大切で、大好きだからしてしまっていた行為だったんだ、許して欲しい・・・

 

 本当に私はあなたが大好きだからと・・・。


 ホオポノポノでした。

 

 



 

 * * *

 

 

 

 ウハネからウニヒピリへのホオポノポノと、

 

 今回、身体と向き合うことで見つけたウハネへのホオポノポノ。

 

 

 二重化された自虐行為への二重化されたクリーニングに、目から鱗でした。

 


  

 

 内側の思い(純粋意識)=ウニヒピリは大切。

 それを叶えたいと立ち上がる私=ウハネも大切。

 


 どちらも大切で、ウハネの愚かさと傲慢さも、包括して包み込んで受け入れている、

 

 双方を大切に思い、どちらの行為もあたたかく見守っている御天道様のようなお釈迦様のような・・・、

 


 “ ゴットマザー ”


 

 そちら側の視線で立ち上がっている私がいることに気が付きました。

 


 あぁ、これが本当の『女性性』なのかもなぁ~…と、自分の中で出会えた瞬間でした。

 


 女性性の目覚めとか、

 女神性の目覚めとか、

 子宮と繋がるとか、


 私にはイマイチよく解らなかったんですけど、

 

 この立ち上がった女性性に関しては凄くよくわかります。母性的な全てを包み込んで受け入れている豊かな気持ちなんだなぁと。

  

 

 この意識が、自己肯定なのだと思ったのですね。

 

  

 

 昨日までお休みをいただいていて、

 沢山の友人達と会って、話して・・・

 

 目の前で話す人の言葉が、

 全て私の中に在ることで・・・、

 

 今、誰かと会って話して、

 私を見つけることがものすごーく楽しくてしかたがないです♪(* ̄∇ ̄*)

 



『 っこれ、ずっと渡したかったんです・・・!』


 

 サロンの外に出た際に、

 

 お客様から差し出されたのは、御髪神社の櫛形ストラップでした。

 

 

  

 * 

   

 

 

 京都の嵐山付近に、その神社はあるらしく、髪の毛を大事にしたい人や、理容師、美容師の方々が多く詣られるそうです。

 

 お客様は、自身の髪の毛がもっと綺麗になったら良いなぁ~  という思いから、参拝され、御守り代わりにご購入されたようなのですが、ふと、思われたそうです。

 

 

『 最初は自分の為にって思って買ったんですけど・・・

 

 ・・・これを、渡辺さんが貰ってくれて、渡辺さんがもっと素敵になったら、

 

 渡辺さんのお客様も、もっと幸せになって・・・、

 

 私も、もっと良くなるんじゃないかな?って、思ったんです!』 

 

 

 蕾が綻ぶように、ゆっくりと花開くような柔らかな笑顔を浮かべながら、そっと差し出した彼女は、とても綺麗でした。

 

 彼女の中には、自身の幸せを願う思いが根底にあって、その幸せは、決して自分一人で作り上げているものではなくて、自分が他の誰かに支えられて生きていることを知っているのですよね。

 

 自分一人だけで構成された世界ではなくて、沢山の人と歩んでいる事に感謝をしていて、その気持ちが相手の幸せを願う思いと一緒に、私に伝えられました。

 

 とても綺麗でした。

 

 彼女の内面の美しさに、はっとさせられて、受け取った「キモチ」を、多くの人と分かち合いたいと思いました。

 

 みんなで、綺麗に、幸せになりましょうね♪

 


友人がこの記事を読んで、モヤモヨしませんか?と、投げかけていたので、読んでみたところ、

┐( ̄▽ ̄)┌ あ~はん?

ってなったわけですね。

同性カップルでも「結婚に相当」の条例案、なぜ生まれた? きっかけつくった渋谷区議に聞く【LGBT】

皆さんは、どう思うのでしょうね。






偏見を無くそう!って言ってる事の真意が、性差を越えたパートナーシップに目を向けているのではなくて、
LGBTの人が世界では社会的地位を得ていて、受け入れられているように見えていて、
マイノリティを受け入れているというその受容性がオレにはあるんだぜ!スゲーだろ?フォモフォビアじゃないぜ!

みたいな、

ぜ~んぶ、外側ばっかりな発言内容に、表面的偽善者の言葉に聞こえるんですよね、きっと。

当事者は、そんな事を受容して欲しいわけじゃなくて、男女の結婚と同じ様に、愛する人に財産を残したいとか、お互いの死をキチンと看取る関係性を法律で守って欲しいとか、
まぁ、法律上認めて欲しい権利平たく言うとそうなんですけど、

この人の言ってる事は、

マイノリティでしょ?差別されてるんでしょ?自分達と違うもんね。でも、一緒に見えるようにしようね♪

と言っているように聞こえてしまい、

あら♪結局あなたもLGBTの表面しかみてないのね♪

って思える内容なんだと思ったのですよね。

もう、差別とかそういうところは、当事者の私達はとうの昔に過ぎた出来事で、愛する人と向き合う事は、同性同士だろうが、異性同士だろうが、同じテーマを味わっているんですよね。

共依存から出て、社会の中で自身をどう表現していくのか、その上でのパートナーシップだと思うのですよね。





 中学生時代、ソフトボール部に所属していたのですが、ポジションはキャッチャーでした。
 
 当時の私は、ピッチャーをやりたくて、こっそりと自主トレをしていました。練習後、近くの倉庫の壁に向かって一人黙々とピッチングをしていました。
 
 ある日、顧問の先生から、バッテリー(ピッチャーとキャッチャー)の投げ込みの練習場に来るように言われました。まだ一年生では誰も呼ばれてはいなかったので、優越感もあり、選ばれた事がとても嬉しかったです。
 
 (きっと先生は、私の中にピッチャーとしての素質を見つけてくれたんだっ・・・!)
 
 と、嬉しくてニヤけてしまいそうな自分をぐっと堪えたことをよく覚えています。

 バッテリーの練習場について、さぁ、投げるのかな?と、意気込んだ所に、

 
 
 
 
『渡辺、座れ。』
 
 
 
 
 

 ・・・へっ?
 
 

 
 
 今でもハッキリとその瞬間を覚えています。
 
 それはもう、しっかりと・・・。
 
 それから三年間、私はキャッチャー。
 
 キャッチャーの役割は、《ピッチャーの球を受ける》事です。バッターの立ち位置や体格、バットの握り方等を見て、癖を見抜き、《1イニングの投球を構成》します。攻めて、抑えることもすれば、打たせて守る事もします。その打撃の方向性を読んで、《守備の配置を指示》します。ピッチャーとオールラウンドに安心してプレイしてもらうために、最大限の予測をしてプレイします。そうやってピッチャーを支えます。
 
 観戦している側からは、マウンドとプレイフィールドにスポットが当たるので、キャッチャーは、隠れた戦士と言えるでしょう。縁の下の力持ち的役割です。
 
 今から振り返ると、私はキャッチャーが適正ポジションだったと思います。
 
 
 *
 
 
 中学二年生の時、パートナーであるピッチャーの子と同じクラスになりました。
 
 体育の授業中、『50メートル走を一緒に走ろうっ♪』と誘われました。彼女も私も、クラスの中では足が速い方でした。
 
 用意・・・ ドン!!

 スタートを切りました。全力で駆け出しました。スタートダッシュに強かった私は、彼女に一本リードしてスタートが決まりました。差が二歩、三歩と広がります。
 
 残り5メートルというところで、後ろに視線を向けると、眉を吊り上げながら歯をくいしばって、泣きそうな目をしながら、今にも私の体操服を引っ張るんじゃないかというような、悔しさと気迫のようなものを宿した彼女と目が合いました。
 
 その瞬間・・・、私は、失速したんです。
  
 
 (・・・勝ちたい。っでも、ここで勝ったら彼女は機嫌を悪くするかもしれない。)
  
 色々な感情がごちゃ混ぜになっていました。
 
 (・・・みんなの見てる前で、プライドを傷つけちゃいけない。)
 
  
 半歩、彼女が先にゴールしました。
 
 
 (あぁ、私はキャッチャーなんだな・・・。)


 自覚しました。


 * 
 
 
 一歩出る事で伸びる人間と、
 一歩引く事で活きる人間と、
 
 人には役割があるのだと、当時の私はキャッチャーになった自分を認めました。適正ポジションだったんだなぁ・・・と。
 

 *
 
 
 そして今、美容師をしている私ですが、精神はあの頃と全く変わっていません。
 
 世間の美容師の見られ方は、オシャレで格好良いとか、クリエイティブな仕事だとか、華やかできらびやかな面ばかり見られがちですが、本質は、お客様を美しくすることです。サロンにいる時間を、心地好いと感じていただくことです。
 
 お客様がサロンを出たその時から、自信を持って輝いてもらう為の舞台裏を演出する、奉仕人なのです。
 
 
 *
 
 
 今日、ましまさんの髪の毛を切りながら、お喋りさせてもらいながら、後ろ側からぶわっと網にかけられるように、この思いに包まれました。
 
 心を読む事こと、感じること、相手を活かすということ。
 
 私は後輩達に、技術じゃなくて、これを伝えたかったという事と、この自分を見てもらいたかったんだと気がつきました。
 
 性質。
 
 特性。
   
 要素として必要かもしれませんが、感性は養って、磨くものだと思っています。
 
 カタチを作り上げることにとらわれずに、その『意図』が込められて出来上がる世界なのだということを、私を通して伝えられたら嬉しいな・・・。
 
 と、まっすぐな気持ちで明日も頑張ろうと思えた一日でした。