戦前、国鉄では駅に等級があったのをご存知でしょうか。その地方での最も主要な駅だけが1等の称号を与えられる。大体県庁所在地の駅がそれに相当しましたが、1等駅の無い県もありました。この等級は明治に始まり最初は全国で10駅程度だったようです。で私の出身の新潟県の話になります。新潟県の1等駅はどこでしょう?大半の人は迷うこと無く「新潟駅」を挙げるでしょう。たしかに新潟も1等駅でした。しかし、新潟より先に1等駅になったところがあるのです。言い換えると県庁所在地を差し置いて1等駅になったところが。それが「直江津」。
鉄道ファンなら知らない人はない地名ですが、一般の人には?な地名でしょう。今では市の名前にすら残っていません。上越市の一地域です。なんでそんなところが1等駅になったのか・・・
時は明治に遡ります。最初の鉄道が新橋(汐留)~横浜(桜木町)なのは有名な話。政府は東京~大阪の鉄道敷設を急いでました。今の常識で考えると横浜から延伸して東海道ルートでしょう。ところが中山道ルートが「推し」だったようです。当時は橋梁工事の技術が未熟で東海道は多くの難工事が予想されていたこと、海から攻撃されやすい等の理由があったようです。でも中山道だって難所はたくさんあります。高崎まではいち早く開通できたのですが、その先の碓氷峠が難所の最たるところ。そこで碓氷峠は取りあえず置いといて、長野県内の工事を先にやろうってことになります。その場合、資材をどこから運ぶ?って話になります。当時はまだ海上輸送が主力の時代。一番近い港は?ってなります。ここは信州、近いのは太平洋ではなく日本海、その中でも一番近い港は・・・直江津となったのです。そこで資材運搬線として直江津~軽井沢間の敷設が着工され、明治21年開通します。一見するとただの地方路線、こんな田舎の路線が他の幹線をを差し置いてなんでこんなに早く開通したのかという背景がここにあります。その後の歴史もどんどん書きたいし、1等駅たる由縁にも触れたいのですが、これ以上続けると鉄道ファン以外からそっぽ向かれかねないので、この辺で。
ちなみに私の実家は直江津駅の北口徒歩5分、子供の時の遊び場は「春日新田大島踏切」・・良い子はまねしちゃいけません。直江津駅の反対側に畑があり、ナスや大根取りに行った記憶があります。構内には転車台が有り、SLが駐まっていました。正午になると時報代わりに汽笛が鳴り、たまたま畑の帰りにそこを通ってびっくりしてナスの入ったかごをひっくり返した記憶があります。