GSX-R125遊び! -36ページ目

GSX-R125遊び!

新型の車体(GSX-R125)と遊ぶことになりました。
バイク遊びは楽しいよぉ~w
鉄道模型はBトレインショーティーで遊んでいます。
ますこっとれいんにもハマってしまいました。

やめられない♪止まらない♪かっ〇えびせん♪w

1900系を入手したのならやっぱり次は2000系でしょ?www

と、いうことで2000系をゲットしました。

(ありがとうメ〇カリさんw)

1959年(管理人と同級生w)から製造された京阪電鉄の本格的な通勤電車です。

のちに京阪の標準型となる「卵型電車」で、阪神の「ジェットカー」、近鉄の「ラビットカー」に並び

同等の高加減速性能を持った「スーパーカー」の愛称で活躍しました。

1966年までに2形式100両が川崎車輛(現:川崎車両)とナニワ工機(現:アルナ工機)によって製造されました。

2000型 制御電動車 68両

2100型 中間電動車 32両

面白いのは1959年に製造された2000型1次車の24両だけは窓寸法が変更され窓配置が異なっているんです。

1次車は横幅900mmの鶴瓶式(下段の窓を上げると上段の窓が下がるバランサー付き)だったんですが・・

どうも使い勝手が悪かったようで2次車からは京阪の標準的な横幅800mmの窓を採用して1次車の窓も鶴瓶式を撤去しています。

2両1組の全電動車方式として登場、従来は勾配線だけで使われていた電力回生制動装置も標準装備。

もちろん中空軸平行カルダン駆動方式で全車が空気バネ仕様と当時としては最高な設備を装備した通勤電車でした。

2100型として製造された最初の5両は将来の電動車化を考慮した附随車として登場しましたが、国鉄101系と同様に電力設備の関係からも最終的には電動車化されず1972~1973年にかけて2150型に改番されています。

さらに1971年には日本初となるフランス・フェブレ社製のシングルアーム型パンタグラフを1両に試験装備。

しかし残念ながら採用には至っていません。

さらに京阪が1500Vに昇圧された際には、全車両が車体及び台車と一部の機器を流用して(書類上は代替新造)

2600系(0番台)として型式を改めて活躍することになりました。

しかし2600系0番台は2023年に全車が廃車されて2600系30番台の4編成(7両)が現在も活躍しています。

さて、ここでポチった車両の車番を確認しておきましょう。

・2001+2002、・2003+2004、・2055+2056

全車パンタグラフ装着の電動車ですからテンションが上がりますw 

さらに購入時に貼られていた車番から車歴を調べてみました。

2両1組のオール電動車で製造された2000系は昇圧対応工事を受けて全103両が2600系(0番台)へ改番されています。

(※2200系の編成組換えで余剰となった3両が運転台を簡易撤去されて2150系に編入され全103両になりました)

昇圧対応工事後に2600系は当初3両固定編成で組成されましたが後から2900(T)を追加して編成変更、2600(Mc)-2900(T)+2700(M)-2800(Tc)の4両編成に組成されています。(2両+2両に分割可能)

2001(Mc)と2056(Mc)は2622(Mc)と2822(Tc)に改番されて同じ2622Fに(1981年12月竣工) 

2002(Mc)と2055(Mc)は2813(Tc)と2613(Mc)に改番されて同じ2613Fに(1979年10月竣工)組成されました。

また、2003(Mc)+2004(Mc)は当時鴨東線開業前に出町柳から叡山電鉄への直通運転が検討されており

2626(Mc)+2826(Tc)の2両編成として竣工しましたが直通運転は実現しませんでした。

2+2+2の堂々たる2000系6両編成は圧巻ですね。

往年の寝屋川工場を彷彿させる並びですっかり妄想世界に浸ってしましたw

すっかり京阪電車に取り憑かれてしまい。

・5000系(新色:4両)+(旧色:4両)

・旧3000系(4両)

・1900系特急色(4両)

と、タップリ残っているんですけど・・

今はおなかいっぱいなのでそのうち気が向いたら作る事にしましょう~w