



年明けからタマに電源が勝手に落ちるオール自動省エネルギーモードが作動していたサブ機のPC。
そのうち内部データーをクリアーすればいいかなぁ~
なんて悠長なことを考えていたら・・・即、電源が落ちるようになってしまいましたw
あぁ~年末にメイン機のPC(Win11)を交換したのに・・・(まったく関係ないけどw)
本日、見事にサブ機のPC(WinXP)が昇天してしまいましたwww
こちらが天界へ旅立ったサブ機の富士通製FMV-C8240(2007.7)です。
なんと18年くらい前の製品だったのか!w
そもそもXPで使っていましたが、初期はオフィス向けのVistaが入っていたんですね。
きっと現代のみなさんはVistaなんて知らないんだろうなぁ~w
いつもどおりですが開封の儀を執り行うことにして摘出手術を繰り広げますw
メモリーを摘出したらI.OデータとSAMSUNGの512MBでした。
当時は高かったんだよなぁ~
さて、現在での市場価値はいかがなものでしょうか?
えぇ~と、現在の市場で流通している新品の安価なメモリーは8GBが最低みたいだから・・・
そりゃぁ~もはや中古市場ですら流通していないワケだわぁ~www
内臓されていたハードディスクはTOSHIBA製の40GBでした。
これも結構なお値段だったんだよねぇ~
今やHDDからSSDの時代だもんなぁ~
しかもテラですよ!テラ!www
HDDも今では128GB以下は市場でほとんど流通していないんだよねぇ~w
と、いうわけで18年前のPCから摘出しても改めてまったく価値が残っていないことがわかりましたw
さて、メイン機はあるけどやっぱりサブ機もあった方が安心だし・・
いつも中古機ばかりだからいつ逝っても不思議じゃないしなぁ~
仕方ないから今後のためにもまた中古PCを探すことにしましょう。
次はきっとプリンター(CANON:iP4830)が逝っちゃうんだろうなぁ~w
お楽しみに~www










シフト勤務の自分には関係ないのですが・・世間では三連休のようで賑わってます。
最終日の今日も天気はいいし
せっかくなのでバイクに乗って走り回りましょう。
(まぁ~お察しのとおり、このあと大後悔することになるんですけどw)
ここ毎日、ニュースでは最強寒波の襲来を報道しています。
一応、厳重に冬装備を着込んで出発しました。
とりあえずは成田経由の銚子方面だったんですが・・
北風が容赦なく体温を奪って行くんですよ!
追い風は我慢出来たんですが・・
猛烈な向かい風を受けていると一気に体温が奪われてしまいます。
それでも成田空港近くまでは到達したので日本の玄関にある秘境駅へ立ち寄ります。
京成電鉄東成田線と芝山鉄道の境界駅なんですよね。
新しくなった空港の管制塔が見えました。
芝山鉄道は「日本一短い鉄道」と広報しており全線単線の2.2km(全線220円:小児110円)です。
小さな会社なんで保有車両は京成電鉄からリースされている3500形の3540編成(4両)だけです。
運転関係はすべて京成電鉄に委託しているので自社の乗務員もいませんし、社員もわずかです。
それでも会社は成田国際空港株式会社の連結子会社にあたる第三セクターなんですよ。
ところでもし乗車される場合は現金のみでパスモ・スイカ等のIC乗車券が使えません!
その乗り越した場合は運賃を現金で支払って「PASMO・Suica処理連絡票」をもらってIC乗車券を取り扱っている駅へ行って
この処理連絡票とIC乗車券を提示して処理してもらうしかないんですよ。
芝山鉄道はいつもニコニコ現金払いでお願いしますw。
さて、じつは将来的に九十九里海岸(蓮沼海浜公園)方面への延伸も検討されているのはご存じでしょうか?
現在はそれまでの代替措置として芝山鉄道延伸連絡協議会(芝山町・山武市・横芝光町)が空港シャトルバスを運行しています。
このシャトルバスは空港第2ターミナルから横芝屋形海岸まで一日上下12往復ずつ運行されています。
なんと!こちらは交通系ICカードが利用出来るんです。
料金はお安くとても便利です。全線300円(IC:270円)
ちなみに運行経路はこんな感じです。
成田空港(空港第2旅客ターミナル)ー芝山鉄道芝山千代田駅(芝山千代田駅)ー航空科学博物館(航空博物館入口)ー
JR総武本線松尾駅(JR松尾駅南)ー道の駅オライはすぬま(オライはすぬま前)ー蓮沼海浜公園(蓮沼海浜公園第1駐車場前)
ー栗山川漁港(横芝屋形海岸)
さて・・・
そんな事よりすっかり体が冷えてしまいました。
もはや指先の感覚が無くなって来てブレーキ操作も覚束なくのでとりあえずこちらに避難。
こちらは県道65号(佐倉印西線)沿いで印旛沼の畔にある「双子公園」です。
しかし・・強風の為でしょうか?やはり誰もいませんよぉ~www
まぁ~ナウマン象のオブジェも見れたし即!撤収です。
うぅ~もう全身が冷蔵庫感覚でこんな寒いツーリングははじめてだわぁ~www
なんとか凍えて凍死しない程度で帰ってきましたwww
帰宅したら東急デハ用に購入したガンダムマーカーが届いていました。
ヨド〇シさんいつもお世話になりますw
あぁ~・・そういえば節操なく買ってコチラも届いていたんだっけ・・w
さすがに同じ電車ばかり・・こんなにいらないわぁ~w
また見つかったら怒られる!www
年末の大糸線増強計画以来の「ますこっとれいん」制作です。
近況報告になりますがBトレインショーティのお気に入りをポチっちゃ~
みるみる箱を積み重ねてしまいました・・・そして・・制作意欲が消滅w
仕方なく資金調達の為に売却へ・・・といったトラップにハマってしまいましたww
さて!そこで心機一転しましょう!
ここはひとつ原点回帰のつもりで久々に「ますこっとれいん」を組立てます。
(まぁ~その「ますこっとれいん」もまだ4両分が眠っているのは内緒ですよw)
さぁ!今回はクハ47114飯田線(改修後)仕様の組み立てます。
「ますこっとれいん」を制作するのも久々ですのでしっかり組み間違えのないようにパーツを並べます。
いつものように使用しないパーツもしっかりバリ取りしてストック箱へ収納しました。
(だいたい制作時間と同じくらい時間をかけてのんびり整理します)
さぁ!ここまで組めばもうあっと言う間に完成しますよ。
そして老眼に試練のデカール貼り付けが待っています。
(今やこの作業が一番の難関だったりしますw)
う~ん!ボディーのリベット表現といい・・・とにかくイイ!!
やっぱり旧型国電は最高ですよねぇ~
右から眺めても、左から眺めてもやっぱりイイです!
身延線時代の「ぶどう2号」と並べるとさらにイイですね。
あれ?気がついたら・・前面の幌がB幌(薄いタイプ)になってました。
どうもパーツ一覧や実車の写真を見るとA幌(厚いタイプ)が正解みたいです。
それではさっそく交換することにしましょう!
中間に組み込まれる事が前提となっているので旧型国電はダンパー付きの2枚幌仕様なんですね。
うん!向き合わせてもヨシ!
連結した感じがこれまたなかなかいいんですよね~
調べるとどうも浜松工場で取り付けられていた旧型国電用の幌は「静鉄ホロ」と呼ばれていたようです。
身延線・飯田線でよく見られたタイプで妻板からホロ取り付け座が飛び出しています。
その取り付け座にホロ吊り下げダンパーが付けられるようになっているんですね。
まったく連結しない前面はホロ取り付け枠も付いていないんですね。
偶数・奇数向きに関係なく2枚幌で連結する方式を採用していたようですね。
=クハ58形(クハ47形100番台)=
1933年(昭和8年)~1935年(昭和10年)までクハ58形25両が全車偶数(下り)向きで製造されています。
その後、12両をサハ48形への改造計画があったが競合する私鉄に対抗するため本数増加となり制御車のままとなった。
1944年(昭和19年)クハ58形25両の全車両が戦時改造工事で4扉化となり施行開始。
しかし戦時改造工事は13両で中断となり終戦を迎えます。
その後、4扉化された13両はクハ85形へ改番します。
戦災と事故でクハ58形2両、クハ85形1両が廃車となりました。
1949年(昭和24年)80系電車計画に基づき4扉化されたクハ85形(旧クハ58形)はクハ79形へ改番されました。
1950年(昭和25年)クハ58形で残った9両は更新修繕工事を受けます。
どうやらこの頃は全車が横須賀線で活躍していたようです。
1951年(昭和26年)クハ58014はクハ58016と共に田町電車区伊東支区へ転属して伊東線で活躍(トイレの設置はなし)
同年、身延線へ転属したクハ58形7両はトイレ設置工事を受けています。
1953年(昭和28年)型式称号規定改正でクハ58014はクハ47114に改番。
クハ58は全車が偶数(下り)向きだったことから偶数番号を付番、しかし改番時点では全車が静岡鉄道管理局に転属して
おりの同局の方針で全車が奇数(上り)向きに揃えられたことから車番と方向に齟齬を生じています。
後年、飯田線の一部車両(クハ47108、クハ47114、クハ47116)はクモハ52形と4両編成を組むため再度、方向転換し
て偶数(下り)向きになっています。
クハ47100(旧:クハ58002)
クハ47102(旧:クハ58003)
クハ47104(旧:クハ58007)
クハ47106(旧:クハ58008)
クハ47108(旧:クハ58018)
クハ47110(旧:クハ58020)
クハ47112(旧:クハ58021)
クハ47114(旧:クハ58014)
クハ47116(旧:クハ58016)
1954年(昭和29年)静岡鉄道管理局豊橋電車区へ転属しトイレ設置工事を受けて富士電車区へ転属。身延線で活躍。
1958年(昭和33年)更新修繕工事Ⅱ(豊川分工場)
1958年(昭和33年)豊橋機関区へ配属となり車両の方向転換を受けて飯田線で活躍。
=クハ47形の終焉(廃車)=
1978年(昭和53年)クハ47104・クハ47114・クハ47116(静トヨ)
1979年(昭和54年)クハ47102(静トヨ)
1981年(昭和56年)クハ47100・クハ47106・クハ47110・クハ47112(静ヌマ)
1983年(昭和58年)クハ47104(静ママ)
戦前は京阪神地区で活躍し、戦時中の改造工事を受けることもなく戦後は横須賀線で活躍。
そしてクハ47形100番台の全車が身延線・飯田線と静岡鉄道管理局で廃車を迎えました。
最後の最後まで人々を運び続けた旧型国電だったんですね。