江ノ電(500形)モモ電を新製しました。 | GSX-R125遊び!

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新型の車体(GSX-R125)と遊ぶことになりました。
バイク遊びは楽しいよぉ~w
鉄道模型はBトレインショーティーで遊んでいます。
ますこっとれいんにもハマってしまいました。

え~い!

こうなったら江ノ電攻略だぁ~w

と、言う事で「モモ電」もゲットしてしまいました。

早速、新製するので組み立てはじめましたが・・・

なにしろ発売されたのは2004年6月下旬でした。

そうです!すでに22年の年月が流れてしまい、デカール類が劣化していました。

さぁ!まずは全部品のバリ取りをして並べましょう。

う~ん・・いくらゴシゴシしてもデカールの劣化は否めません。

まぁ~車両全体の雰囲気で満足しましょう。

さっ!302編成と並べてみましょう。

往年の極楽寺検車区を思い出して満足!満足!

 

=ところでモモ電とは?=

501形の中でも、この501編成(501+551)は、2001年(平成13年)7月から2002年(平成14年)1月まで、メールソフトの「PostPet」のキャラクター「モモ」をあしらったピンク色のラッピング電車として運用されていました。

 

=500形導入の経緯=

そもそも、江ノ島鎌倉観光(現:江ノ島電鉄)は、開業から1945年(昭和20年)までは「軌道線」(軌道法適用)だったんです。

しかし、同年に地方鉄道法に基づいて「鉄道線」に変更されました。

また、運用される車両も1929年(昭和4年)以降はボギー式電車も使用されるようになっていたんですが、路面電車としての形態もままでした。

1950年代に入った後も、多客時には特殊継続運転を行っていたので定時運行は困難を極めていました。

また、日坂駅が併用軌道上にあったため、各駅共にプラットホームの高さが低くて、各車ともに乗降扉にはステップ付のままだったんですね。

さらに、地方鉄道法適用の案件でもあった併用軌道の解消も大きな課題になっていました。

そこで、同社は1953年(昭和28年)から鉄道近代化のために「改善3か年計画」を制定して改善に乗り出します。

この計画に基づいて、腰越~七里ガ浜間の併用軌道を専用軌道化・プラットホームの嵩上げ及び車両の乗降用ステップの解消・車両の連結もしくは連接化して1車両あたりの輸送力増強・特殊続行運転の削減・変電所容量の増強・電気連動式信号機の新設による保安度向上が実施されました。

この計画に伴って導入された2車体で構成された連接車の電車が500形と300形になります。

500形はプラットホーム嵩上げ工事完了後の1956年(昭和31年)と1958年(昭和33年)に501・502編成の2編成4両が導入されました。

本形式は台車を流用した上で、書類上は201号車(初代)の改造車扱いとした501編成。

また、京浜急行電鉄から譲渡された台車を改造して使用していた115・117号車で、書類上は新造扱いとした502編成になります。

どちらも車体、主制御器等は新製された新造車なんですよね。

一方で300形は従来から使用されてきた、自社や都電、西武鉄道などの路面電車タイプの直接制御・単行専用の半鋼製ボギー車や

京王帝都電鉄(現:京王電鉄)からの木造車の台枠をベースに連接車として改造された車両になっています。

この500形・300形の特徴になっている連接構造については、1955年(昭和30年)に仙台市交通局が導入したモハ300形改造の連接車などの実績を参考に、曲線が多い江ノ島鎌倉観光線での運行上の利点の多さが研究されて導入に至っていますが、一方で連接車よりも改造費が3割ほど安価な連結車との比較や連接車の先行試作的な要素も含めて、本形式の導入に先立ち1956年(昭和31年)1月より連結車である200形が導入されているんですね。

この200形201編成と1956年(昭和31年)4月から運行を開始した連接車の300形301編成を比べることで、ほぼ同一の車体長を持つ2編成を比較したところ、急曲線に対する連接車の優位性が確認されたほか、台車が1基少ない分(3t)の軽量化とそれに伴う使用電力量の節減が可能となるなどの効果もあって、平行して継続されていた研究の結果もあわせて、その後の増備は連接車とすることになりました。

これにより、江ノ島鎌倉観光(現:江ノ島電鉄)と東洋工機(東洋電機製造の系列会社)において1955年(昭和30年)秋より開発が進んでいた500形についても連接車にすることとして、以下の設計目標が決定されました。

・現在のわが社の路線を運行可能な最大の2車体連接車とする。

・従来車の概念にとらわれず、斬新なデザインとする。

・近距離通勤通学用電車として適している。

・海浜地帯の観光電車としても、ふさわしいデザインとする。

501編成は1956年(昭和31年)7月に試乗会を実施。8月より営業運転を開始しました。

502編成は1957年(昭和32年)4月に300形302・303編成とともに修祓式を行い、同日に運行を開始しました。

しかし、500形の導入費用は300形の改造費用の約2倍に嵩んでしまったことから、同形式の導入は502編成で打ち切られて以降は300形が導入されています。

そして、1960年(昭和35年)6月に300形305編成が営業運転を開始したことで、連接車7編成と連結車200形による特殊続行運転の後続車を除く全列車の2両編成化が完成して、同鉄道の近代化はひとまず完了しました。

その後、200形201編成についても連接車への改造が実施されて、1968年(昭和43年)12月に300形306編成として運行を開始しました。

 

=車体と走行装置=

車体はモノコック構造を採用して、イタリアの特急電車の外観を模した丸みを帯びたヨーロピアンスタイルが特徴的です。

製造元は501編成が東洋工機(東洋電機製造の系列会社)、502編成が東急車輛製造(現:総合車両製作所)と異なっていて、両編成で若干の形態差があります。

前面は中央窓が幅広の3枚窓構成で、中央窓にはトロリーポール操作のための幅1,000mm、アルミ枠の下降窓でその左右にHゴム支持の曲面ガラスを配しています。

前照灯は501編成は正面上部に丸型のもの1基を設置、502編成は同じく正面上部に大型のケース内に角型の前照灯とその左右にタイフォンを配置しています。

尾灯は両編成とも正面の下部左右に角型のものが備えられました。

行先表示板差しも両編成で異なっていて、501編成は300形と同型の縦長の行先表示差し、502編成は細長い横長のものが設置されています。

側面はノーシル・ノーヘッダーの窓配置(d2D4D2)で、乗降扉は幅1,000mmの両開戸で戸袋窓はなく、側面窓はアルミ枠の一段下降式で501編成は幅750mm、502編成は幅745mmのものとなっています。

なお、両開戸の採用は開閉時間の短縮はもちろん、固定式となってしまう戸袋窓の配置を避けて開閉可能な窓をなるべく多くしたい思惑があり、江ノ島鎌倉観光では初の採用になりました。なお、左右の扉は床下のリンク機構で接続されています。

室内は乗降扉間中央にクロスシートを1ボックス、その他の部分にロングシートを配置したセミクロスシートになっていますが、501編成と502編成では若干寸法が異なっているんですね。

501編成は運転室側・連結面側にそれぞれ長さ2,000mmのロングシート、乗降扉間にはシートピッチ1,600mm、幅830mmのクロスシートとその前後に長さ1,040mmのロングシートを配置。

502編成は運転室側に長さ2,052.5mm、連結面側に2,022.5mmのロングシートを設置、乗降扉間にはシートピッチ1,345mm、幅830mmのクロスシシートとその前後に長さ1,220mmのロングシートを配しました。

座席定員はいずれも編成で64名、立席定員は96名になっていて、背もたれはパイプ製の簡易なものになっています。

その他、蛍光灯照明やテープによる車内自動放送装置を備えています。

屋根上には両編成の端部に集電用のトロリーポール、その他の部分に小型なグローブ式の通風器が配置されています。

また、編成両端の連結器は他の編成と同じ小型の密着自動連結器が設置されましたが、導入当初は連結運転が実施されておらずに予備的なものでした。

主制御器は300形302・303編成と同じ、抵抗制御式で東洋電機製造製で直列7段・並列6段の電動カム軸式間接自動制御(ES-251A)を搭載していました。主電動機は定格電圧600Vで、501編成は初代201号車から流用した出力48.5kW(TDK-31SM)、502編成は44.7kWの直流直巻整流子電動機を前後の台車に各2基ずつ計4基搭載しました。

501編成は歯車比を3.37として、定格牽引力は18.8kN、定格速度は36km/h。

502編成は歯車比を3.42として、定格牽引力は21.6kN、定格速度は30km/hになっています。

また、ブレーキ装置は非常管併設電磁弁付き三管式通空気制動の電磁SME制動、電動空気圧縮機(CP-27)を2基搭載しています。

台車は501編成が改造元の201号機(初代)のものを2基、100形の113(2代)・114(2代)号車を300形301編成に改造した際に1基余剰となった汽車会社製のボールドウィン系で板台枠のもので、中間の台車は連接化に伴って枕梁を改造していますが、その他は基本的に種車のまま使用しています。

枕バネは重ね板バネ、軸バネはコイルバネ、固定軸距は1,475mm、車輪径は840mmで主電動機は動輪の外側に吊り掛け駆動方式で装荷されています。

一方、502編成は115・117号車に装備していた、京浜急行電鉄から譲受したブリル系(27GE1)を改造したものを使用。

中間の付随台車を連接用に改造したほか、枕バネは重ね板バネからコイルバネ1本とオイルダンパの組み合わせに、軸バネはゴムブロックにそれぞれ変更している一方で軸受けはメタル軸受けのままであり、固定軸距が1,475mm、車輪径は840mmで主電動機は動輪の外側に吊り掛け方式で装荷されています。

 

=運行開始後の概要=

新たな時代の車両として投入された500形連接車でしたが、その画期的な装備の一部は長続きせず、早々にテープ放送装置は撤去されてしまいました。集電装置も当初のポールからZパンタグラフ、その後、菱形パンタグラフへと換装されています。

 

=集電装置の変更=

当初使用されていたトロリーポールでしたが、線路の分岐や曲線の通過時に離線防止のため、車掌がこれを支えなければならないなど、取扱い上の問題が多かったため、1964年(昭和39年)2月より順次、トロリーポールから1955年(昭和30年)に路面電車用として開発されたZ型パンタグラフに換装しています。

500形においては編成両端のトロリーポールを撤去して藤沢方車端部にこれを1基搭載しました。

なお、同社としては菱形パンタグラフ化を予定していましたが、経済的な理由とトロリーポールからの換装の容易さを考慮して、一旦はZ型パンタグラフに置き換える事にしたんですね。

その後、600形での菱形パンタグラフの実績を鑑み、1961年(昭和36年)2月から1973年(昭和48年)5月にかけて100形を除いて

菱形パンタグラフに換装しました。500形についても鎌倉方車端部にPT52を1基搭載してしばらく運行、その後、藤沢方のZパンタグラフもPT52に変更しました。1980年代にはこれをPT4313-B-Mに再度換装しています。

 

=重連運転の開始と連結器の変更=

1971年(昭和46年)にはプラットホームの延長や重連運転開始により、不足する車両を補充するため600形および800形を導入する準備が整いました。輸送力増強と保安度を向上するため、特殊続行運転が同年6月20日に廃止して、翌日より連接車2編成による重連運転が開始されました。

これに伴い、500形についても連結器を小型密着自動連結器から下支持式のNCB-2密着自動連結器に換装しました。

その後、1970年代後半頃には上吊式で電気連結器および空気ホースを併設したものに変更されましたが、501編成はさらにその後、1980年代には下支持式に再改造されて電気連結器および空気ホースも車体設置に戻されています。

さらにその後、連結作業の省力化のため、1992年(平成4年)に製造された2000形2003編成の2053号車に試験的にD90密着連結器と96芯の電気連結器・自動解結装置・下受形の胴受を装備して2002編成の2002号車を同様に改造して運用試験を実施しました。

なお、この使用実績が良好であったことから、1994年(平成6年)2月までに全編成が改造され、500形についても同様の改造が実施されました。

なお、主制御装置およびブレーキ装置の違いにより、1000形以降の編成とは連結することが出来ず、従来通り300形、500形間での重連に留まっていましたが、のちに主制御装置・ブレーキ装置の変更改造が実施され解消しています。

 

=駆動装置のカルダン式化と台車・主電動機の変更=

江ノ島鎌倉観光(現:江ノ島電鉄)では、1979年(昭和54年)以降に導入された1000形および2000形により旧型車の代替えを進めていましたが、代替え対象にならなかった旧型車両と新造車の間で、旅客サービス・車両保守面での格差が顕著化して運行に支障をきたす状態になってきました。そのため、1989年(平成元年)から1992年(平成4年)にかけて300形・500形のうち、当時代替対象外であった編成に対して、台車および主電動機を1000形1501・1502編成で導入されていたカルダン式駆動装置に準じた更新工事が行われ、501編成は1989年(平成元年)に、502編成は1990年(平成2年)に実施されました。

この改造では、主電動機は1989年(平成元年)~1992年(平成4年)に交換された300形303・304・305編成および、1501・1502編成や2000形、10形、20形と同一で、定格は端子電圧300V時で電流195A、出力50kW、回転数1,300rpm(TDK8005-A)に、駆動装置は同じくたわみ板中空軸平行カルダン駆動方式(KD110-A-M)に変更され、いずれも東洋電機製造製となっています。

また、編成両端の動台車の台車は1501・1502編成のTS-829(動台車)をベースに改良を加えたTS-837になっています。

この台車は500形の車体枕梁の形状に合わせて台車の枕梁形状が変更されたほか、縦ダンパを併用した枕バネは同じコイルバネながら3本並列のものから2本並列に簡略化して保守の容易化が図られた一方で横ダンパ2本を追加して乗り心地の向上を図っています。その他はTS-829と同様で、台車枠は固定軸距を1,650mmとした鋼板溶接構造、軸バネは合成ゴムブロックとコイルバネで軸箱支持方式は軸箱守式、基礎ブレーキ装置はブレーキシリンダが金属シリンダの片押式踏面ブレーキで剛性制輪子・鋳鉄制輪子併用のものとなっています。

一方で連接・付随台車は1501・1502編成では基礎ブレーキ装置にディスクブレーキを装備したTS-830でしたが、500形ではTS-837と同様の構造で踏面ブレーキを装備したTS-838としています。

 

=車体の更新=

1979年(昭和54年)には501・502編成ともに前照灯を窓下に2灯配置するレイアウトに変更しましたが、この時、502編成はタイフォンの関係で上部前照灯も非点灯のまま残されて、見かけ上は3灯配置に見えていました。

1982年(昭和57年)にタイフォンが床下に移設されると上部前照灯およびタイフォンは板で塞がれた状態になりましたが、その後、正面5枚窓化を中心とする更新の際に撤去されました。

1984年(昭和59年)から1985年(昭和60年)にかけて、両編成ともに前面部曲面ガラスの廃止と乗務員室通風確保のための正面5枚窓化、乗降扉の片引化・戸袋窓の設置、雨水がたまり腐食しやすかった車体裾のRを側面部のみ直線化するなどの改造が施され、当初の構造から大きく変化しました。

なお、502編成は1985年(昭和60年)4月に正面窓および乗降扉の改造を同時に実施していますが、501編成は正面窓改造が1984年(昭和59年)11月、乗降扉改造が1985年(昭和60年)4月で、その間のみ正面5枚窓、乗降扉両開きの形態であったほか、両編成とも当初は戸袋窓が小さく、501編成は戸袋窓横の側面窓角部にRが無く、502編成もRが小さいなどの形態であったものが、後に修正されました。また、502編成は1990年(平成2年)に側壁面の化粧板張替えや床材塗布などの室内更新も行われましたが、501編成は木製床で側壁面も未更新のままでした。

 

=主制御装置およびブレーキ装置の変更=

1000形および2000形新造車両の導入を続けてきた江ノ島電鉄でしたが、鉄道事業における輸送人員は1991年度(平成3年度)を、営業収入は1992年度(平成4年度)をピークに減少に転じてしまい、1編成2億数千万円の設備投資となる新造車の導入は見送られ、利益確保のための省力化および効率化によるさまざまな費用削減策が実施されることとなりました。

これにより、駅の改札口の自動改札化や自動放送化と並ぶ施策として、長年の懸案であった旧型、新型を問わない全車両相互間の連結運行を可能とすることで、列車運用と保守点検面での効率化を実施する事となりました。

501編成は2000年(平成12年)に、502編成は2001年(平成13年)に改造が実施されました。

主制御器を1998年(平成10年)から1999年(平成11年)に更新された300形303・304・305編成および1000形1501・1502編成や2000形、10形、20形と同一で東洋電機製造製の電動カム軸制御式(ACDF-M450-789A-M:直列11段、並列8段、弱め界磁2段、発電制動19段)に、ブレーキ装置を発電ブレーキ併用・電気指令式でE型中継弁を使用するナプコ製(現:ナプテスコ)のHRD-1Dに変更しています。なお、300形303・304・305編成同様の主幹制御器のワンハンドル化はスペースの関係で実施されず、ツーハンドルのまま新品に交換されました。

 

=その他=

1960年代中頃には501編成の行先表示板差しが縦長のものから、502編成で採用された細長い横長のものに変更されました。

また、本形式の特徴の一つであった室内のクロスシートは1967年(昭和42年)に車内の混雑緩和を目的にロングシートへ改造され、501・502編成ともに定員が座席64名、立席96名になりました。

1980年頃には補助電源装置として出力3kVAの静止型インバータ(CG145-A)を搭載しました。電動空気圧縮機(CP)は1994年頃までにDH-16から、1000形1101編成以降で採用されたHB-1200Sに換装されました。

他形式と比較してオーバーハングが短く、同形重連は構内線路有効長がぎりぎりである「長谷駅」において、信号回路の構成上停車位置を厳密にあわせる必要が生じて運転が難しくなるため、原則的には避けられました。(稀に運用の都合で行ったことはあります)。

500形は300形とともに江ノ電を代表するイメージリーダー的な存在なのでしたが、車両自体が重く、構造上の問題で冷房装置の搭載が困難であったため、車齢が比較的浅いにもかかわらず廃車の候補車両となってしまいました。

2002年(平成14年)1月に501編成が、2003年(平成15年)1月には502編成が営業運転を終了しました。

2編成共に最末期には広告仕様で運転され、特に501編成は「ポストペット」の広告でピンクとクリームの2色塗装になりました。

また、502編成の営業運転終了時の広告は「トミー」(当時)による「プラレール」で、ベースは標準色のままでしたが、この編成をモデルにした「プラレール」も発売されました。

廃車後、台車などの足回りの機器の一部は新製された20形に流用されています。

なお、本系列の営業運転終了に伴って、江ノ島電鉄は冷房化率100%を達成しています。

また、後に導入された新500形は、本系列のイメージを継承した車体設計がなされています。

 

=保存=

502編成の502号車は極楽寺検車区で前頭部のカットボディとして保存されています。

552号車は東京都調布市にある中古車販売店の敷地に1/3カットモデルとして保存されています。

なお、501編成は2両とも保存されず解体処分されてしまいました。

 

=まとめ=

つい最近ですが、47年間に渡り活躍していた1000形の第一編成が2026年7月14日をもって引退しました。

今年は20年ぶりの新型車両700形が4月から営業運転を開始しています。

時代と共に鉄道会社を取り囲む社会環境が移り変わって、車両の置き換えが進むのは仕方ない事ですよね。

それでもいつも活躍している車両の車窓から眺める景色は変わりません。

今後は是非、最新型のVVVFインバータ車両に乗って楽しんだり、懐かしんだりしたいものですね。