南海電鉄(21000系)を新製しました。 | GSX-R125遊び!

GSX-R125遊び!

新型の車体(GSX-R125)と遊ぶことになりました。
バイク遊びは楽しいよぉ~w
鉄道模型はBトレインショーティーで遊んでいます。
ますこっとれいんにもハマってしまいました。

最近は入手したBトレを作ろうと思って、車両について色々と調べている事の方が面白くなってしまったんですよね。

さらに、他にもいろいろと気になる車両があったりするものですから・・・

探しまくる→ポチる→調べる→ポチる→調べるのループ世界にドップリとハマってしまいました~w

そんな好循環?を繰り返していたわけなのですが、先日、見学した銚子電鉄の22000系を作ろうとネットで捜索。

そして、気が付いたら南海電鉄の21000系も一緒にポチってしまいましたww

さらにようやくゲットした、ひと箱の2両で満足出来ればよかったんですけど・・・

そこは妙なところにやたらとこだわるオタクな性格が災いして、しっかり、もうひと箱を探して出してしまいましたw

まぁ~不思議なもので、いざ車両が揃うと制作意欲が湧いてくるものですよねww

もう最近、もれなく人生ってヤツを充実させちゃってますwww

さぁ!それでは久しぶりの新作になるので、間違わないようにしっかりと部品を並べましょう。

まずは難波方の2両を制作することにします。

なるほど!難波方の先頭車だけ、密着連結器を装備していたんですね。

続いてもうひと箱も開封して、極楽橋方を制作しましょう。

こちらの先頭車は自動連結器になっているんですよね。

全車が電動車でしかもダブルパンタの車両が2両もある。

実際の運用では臨時の「こうや号」にも充当されていたんですね。

しっかりヘッドマークがあったので使用しました。

難波方の先頭車にはいつもの「特急」ヘッドマークにしました。

いやぁ~湘南顔に丸いヘッドマークが似合っていてカッコイイです!

それではさっそく手持ちの南海電車を並べてコーヒーを飲みながら鑑賞しましょう。

それにしても南海電鉄って、同じ会社内でもすごい個性が溢れる車両ばかりですね。

 

=南海電鉄21000系の概要=

1958年(昭和33年)から1964年(昭和39年)にかけて高野線の山岳線まで直通運転するための車両です。

当時の南海電鉄では直通運転の事を「大運転」と表現していたんですね。

高野線の高野下~極楽橋間には50パーミルの急勾配があったので、全電動車方式でしかも高ギアー比(6.92)が採用されました。

平坦線を走行する場合は弱め界磁率を25%まで引き上げて高速走行に対応していたんですね。

ブレーキは電磁直通ブレーキ(HSC-D)で、発電ブレーキ付きになっています。

山岳路線から平坦な路線での高速走行も可能だったので、カメラレンズのズームに例えて、ズームカーと呼ばれていたんですね。

この湘南顔の21000系が「丸ズーム」、正面に貫通路を備えた22000系が「角ズーム」と言われていました。

 

=南海電鉄21000系の諸元=

製造会社:帝国車輛工業(登場時は21001系)

製造年:1958年(昭和33年)~1964年(昭和39年)

製造数:4両編成×8本、合計32両

編成:4両固定編成

軌間:1.067mm

電気方式:直流1,500v(架空電車線方式)

※複電圧仕様(1973年:昭和48年、昇圧時に対応)

最高運転速度:100km/h、(30km/h:山岳区間)

起動加速度:3.1km/h/s

減速度:4.0km/h/s

主電動機:TDK-820-B(東洋電機製造)
駆動方式:中空軸平行カルダン駆動方式

歯車比:6.92

台車:FS17・FS317(住友金属工業)

制御方式:抵抗制御(1C8M)

制御装置:ACD-10(東洋電機製造)

制動装置:電磁直通ブレーキ(HSC-D)、発電ブレーキ付き

保安装置:南海型ATS

 

=車両の特徴=

山岳線区間の50‰急勾配を自力走行するために最大の駆動力が要求され、全電動車方式を採用しています。

歯車比は6.92と、当時としては異例となる高ギア比を装備しました。

平坦区間での高速走行も要求されたためにモータの牽引力を低下させない目的で補償巻線を装備して、電機子の反作用を打ち消すことで整流を安定させています。

これにより通常は40%程度が限界の弱め界磁率を25%まで引き上げることが可能になったんですね。

架線電圧が600V時代は山岳区間では30km/hで走行、平坦線では100km/h走行が可能でしたが、1,500V昇圧後は平坦線でさらに性能が向上しました。

また高ギア比を生かして起動加速度は3.1km/h/s(初期車は3.5km/h/s)で減速度は4.0km/h/sになっています。

主電動機・制御器を含めて、東洋電機製造が開発した中空軸平行カルダン駆動方式が採用されました。

全車に各1基ずつパンタグラフを搭載して1つの制御器で4個のモータを制御する1C4M制御方式が採用されています。

また、3次車からは前年に登場した20000系の磁気増幅器式スポッティングを付加した制御装置が採用され、再ノッチ(再力行)ならびに制動開始時に起こるショックを極力緩和する対策が施されいます。

運転室には山線スイッチが設置され、平坦区間では弱め界磁2段、準山岳区間では弱め界磁1段、山岳区間では全界磁に切り替えて運転されました。

※難波~河内長野間:平坦区間、河内長野(複線化後は三日市町)~高野下間:準山岳区間、高野下~極楽橋間:山岳区間にそれぞれ相当します。

ブレーキシステムは当初より三菱電機製HSC-D電磁直通ブレーキで制御器の発電制動機能と連動して動作します。

手ブレーキも残しており、後年にはさらに保安ブレーキも追加され、暴走事故に対して二重三重の備えがなされました。

高野線では昭和初期以来、AUR系制御器による電力回生ブレーキが使用されてしましたが、本形式開発の時点では、変電所の整流器が回転変流器からシリコン整流器へ交換されており、余剰電力の吸収が出来なくなっていたからなんですね。

このため本形式では負荷となる列車が存在しない状況での確実な制動が期待できない(回生失効を招く)として、電力回生制動の搭載は見送られています。

台車は第1・2編成が住友金属製鋳鋼ウィングばね式台車(FS17)、第3編成以降はこれにボルスタアンカーを追加して揺動の抑止を図った台車(FS17A)を装着しています。 

 

=車内の特徴=

室内は1962年(昭和37年)に新製された3次車の第4編成までは扉間の座席が転換クロスシートでした。

しかし、登場後まもなくして河内長野以北の平坦区間においては通勤利用客が急増し、混雑が激しくなってきました。

そこで1963年(昭和38年)から1964年(昭和39年)に新製された4・5次車はオールロングシートの通勤対応に仕様変更。

さらに1974年(昭和49年)には第3・4編成も座席がオールロングシートに改造され混雑対応がなされました。

この際、第1・2編成は従来のままセミクロスシートで残されましたが、これは臨時「こうや」としての運用を考慮されたもので

、冬季に実施されていた20000系の定期検査や同系の故障時に大変重宝されたようです。

 

=昇圧対応=

1973年(昭和48年)南海電鉄は南海本線・高野線系統の架線電圧を直流600Vから1,500Vに昇圧されることが決定します。

これにより、継続して使用される車両においては、昇圧に併せて冷房化工事も実施されることとなりました。

21000系については1972年(昭和47年)以降の検査周期に合わせて随時、近畿車輛で改造工事が実施されています。

ちょうどこのときに2両編成の増結用車両22000系を本形式と同数の32両を製造していました。

22000系と仕様を揃えた上で、主電動機を両者で入替える等により、大改造や新造品と交換するコストを削減したんですね。

 

=連結器の交換=

1969年(昭和44年)10月より22000系が投入され、河内長野駅(のちに三日市町駅→さらに橋本駅へ)で増解結が行われるようになりました。それに合わせて難波方の先頭車(奇数車)が電気連結器を付加した密着連結器の交換されたんですね。

この連結器交換工事は、まずオールロングシートの第5~8編成に実施されました。

さらに1974年(昭和49年)にはセミクロスシートの第3・4編成にも実施されました。

1982年(昭和57年)には同じくセミクロスシートの第1編成にも実施、翌1983年(昭和58年)には第2編成にも実施されました。

これにより、極楽橋方の先頭車(偶数車)は自動連結器はまま残されたんですね。

 

=編成表=

・21000系(4両固定編成)

 ←難波           極楽橋→

・21001(WP)-21100-21101(WP)-21002 1次車 クロスシート

・21003(WP)-21102-21103(WP)-21004 1次車 クロスシート

・21005(WP)-21104-21105(WP)-21006 2次車 クロスシート ⇒ ロングシート※1974年(昭和49年)改造

・21007(WP)-21106-21107(WP)-21008 3次車 クロスシート ⇒ ロングシート※1974年(昭和49年)改造

・21009(WP)-21108-21109(WP)-21010 4次車 ロングシート

・21011(WP)-21110-21111(WP)-21012 5次車 ロングシート

・21013(WP)-21112-21113(WP)-21014 5次車 ロングシート

・21015(WP)-21114-21115(WP)-21016 5次車 ロングシート

※(WP):ダブルパンタグラフ車

 

=車両の置換え=

1990年(平成2年)より、南海電鉄高野線に久々の新型車両(2000系)が新造されて投入が開始されました。

これにより、1993年(平成5年)より車両配置はそのままに1対1の置換えによる車両の淘汰が始まりました。

過渡期には新型車両の2000系との併結も日常的に見られたんですね。

まず、最後まで残っていたクロスシートの第1編成が廃車、以降は2000系の増備に合わせて本系列の入れ替えが進みました。

同時に22000系も淘汰・支線転用が進みましたが、1995年(平成7年)には21000系の第2・3編成から中間車を抜き取って2両編成に組成変更して、電気連結器の撤去、平坦線では不要となるズームカー機能をカットする小改造の措置を行って、多奈川線・和歌山港線へ転用されました。

これは当時、支線区では最後まで吊り掛け駆動車(1521系)が使用されており、老朽化が著しく、このままでは運用車両が不足する懸念があったために行われた措置だったんですね。

最も、多奈川線・和歌山港線での運用はごく短期間で早くも1997年(平成9年)には、他の残存車よりも一足先に廃車されてしまいました。

また、同年には高野線に最後まで残った第8編成もさよなら運転が実施され、営業運用から離脱、全車が廃車となりました。

 

=譲渡車両=

廃車となった編成のうち、先頭車の4両が大井川鉄道に、同じく先頭車8両が一畑電気鉄道(現:一畑電車)へ譲渡されています。

いずれもワンマン運転化への改造が行われ、連結面側のパンタグラフが撤去されました。

・大井川鉄道

 ・21001-21002 クロスシート 1994年(平成6年)運行開始(南海旧塗装)

 ・21003-21004 クロスシート 1997年(平成9年)運行開始(南海旧塗装)

 ※2017年(平成29年)9月:連結面側のパンタグラフを再設置。

 ※2022年(令和4年)の台風により線路が寸断され、21003-21004は千頭駅構内に留置中です。

・一畑電気鉄道(現:一畑電車)※3000系に改称

 ・21005-21006 ロングシート 1997年(平成9年)運行開始

 ・21009-21010 ロングシート 1997年(平成9年)運行開始

 ・21011-21012 ロングシート 1997年(平成9年)運行開始

 ・21013-21014 ロングシート 1997年(平成9年)運行開始

 ※2015年(平成27年)より廃車が始まり、2017年(平成29年)運行終了・廃車。

 

=異端児の21201系=

そしてやはり、みんな大好き?特別な異端児の電車を発見してしまいました。

その車両は21000系が登場する前年の1957年(昭和32年)に登場しています。

それはさらに前年の1956年(昭和31年)紀伊神谷~紀伊細川間のトンネル火災事故で車体を焼失した旧型直通大運転車の機器を

流用して、4両編成1本が帝国車輛で新製されたんですね。

※焼失車両:モハ1251形(モハ1282・モハ1283)、クハ1891形(クハ1894)の3両で15m級の車両でした。

*編成

←難波               極楽橋→

モハ21201-モハ21203ーサハ21801-モハ21202

*車体

車体のデザインは11001系の第2次車に準じて、いわゆる湘南型と呼ばれる前面2枚窓非貫通型、セミ・モノコック構造17m級の軽量車体で、続いて新造された21001系もそのまま継承されています。

車内は扉間転換クロスシートとされ、新造当初は扇風機が未設置でしたが、後日追加で設置されました。

*主要機器

主電動機は吊り掛け式(三菱電機製)、制御器は抵抗制御の電動カム軸制御器(東洋電機製)、台車は帯鋼組み立て式の釣り合い梁台車(汽車会社製)でしたが、後に空気ばね式(帝国車輛製)に交換されました。

この仕様は戦前以来の大運転用電力回生制動車そのままでしたが、ブレーキのみ自動空気ブレーキを採用。

高野線系統では初めての元空気溜菅式自動空気ブレーキ装備車になりました。

(※そもそもトンネル火災事故が抵抗器の過熱による焼失事故であった)

復旧に際しては3両編成での復旧を目指したが、中間電動車を追加して4両編成と変更になったため、天下茶屋工場の在庫予備部品をかき集めて必要機器が確保されたんですね。

*運用

同じ抵抗制御器を搭載した、モハ1251形などと共通運用されて、1967年(昭和42年)にはロングシート化されています。

旧型車の機器を流用していたために昇圧工事が困難と判断され、21001系の昇圧工事期間中の代車としてフル活用されました。

1973年(昭和48年)には高野線架線電圧の直流1,500V完成に伴って休車となっています。

しかし、休車となったのちに中間車2両は早期に廃車されましたが、先頭車2両はその後も温存されました。

その中の1両、モハ21201は貴志川線での3両編成運転実施のため、電装解除されてクハ21201に転用改造されました。

半鋼製車両ばかりの貴志川線では唯一の全金属車体でラッシュ時を中心に運用されましたが、沿線人口の減少とマイカー普及に伴って3両運転が中止となり1986年(昭和61年)に廃車されましたが、廃車に際して車体が新しいことから衝突転覆障害の際に生じる車体破損の実証実験に使用され、社内の技術データ収集に貢献したんですね。

残るモハ21202は千代田工場新設時にクレーン試験車に充当されただけで再度走行することなく1983年(昭和58年)に廃車されました。

 

=まとめ=

南海電鉄では高野線用の21000系よりも先に本線用の11001系が1954年(昭和29年)から登場しています。

こちらは南海電鉄初のカルダン駆動車で前面は湘南顔の2枚窓で20m級車体だったんですね。

もちろん、こちらの車両も600Vから1,500Vへの架線電圧昇圧工事に伴って大改造が行われ、初代1000系電車となりました。

今回入手したBトレインショーティーでは21000系(新塗装)の他にも、同じ2014年(平成26年)に21000系(旧塗装)が発売されているんですよね。

こちらは「昇圧前の21000系」や「初代11000系」、さらに「昇圧後の21000系」を再現できるんですが、ほかにも大井川鉄道・一畑電車への譲渡車両も再現することができるんですよね。

いろいろとネットで検索してはいたのですが、残念ながら中古市場で見かける事が出来ませんでした。

きっとプレミアム価格になってしまった、とても貴重なBトレインショーティーなんでしょうね。

当時はどこの鉄道会社でも架線電圧の昇圧などの大規模な設備投資が行われていて、いかにして費用を捻出することが出来るのかアタマを悩ませる苦難の連続だったんでしょうね。

まぁ、現在でも、車両のほとんどが家電と同じ使い捨てになってしまって、さらに駅設備についても新型の改札機やホームドア等の設備更新に四苦八苦しているのは変わりないんでしょうね。

今後は鉄道会社としていかに事業を継続することが出来るのか?

大変な時代が到来していることだけは間違いなさそうですね。