この一句
歳重ね 90年が 過ぎたるが 心に残るは ただ一句のみ 天津風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
この一句、すごく心に沁みますね。「歳重ね 90年が 過ぎたるが
心に残るは ただ一句のみ」そしてその「ただ一句」が、天津風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ
をとめの姿 しばしとどめむまさに**僧正遍昭(そうじょうへんじょう)**の有名な一首(小倉百人一首12番、古今和歌集872)です。90年という長い人生を振り返ったときに、さまざまな出来事や思い出があっても、結局心の奥底に一番強く残っているのがこの歌だけだ、という感慨。
それはすごく分かる気がします。この遍昭の歌は、平安時代から今に至るまで「美しすぎる瞬間を永遠に留めておきたい」という切実な願いがストレートに響いてくる名歌ですから。現代語訳でいうと、
天を吹く風よ、雲の中の通い路(天女が天上と地上を行き来する道)を吹き閉ざしておくれ。
美しい乙女(天女)の姿を、もうしばらくこの地上に留めておきたいのだ。
五節の舞(宮中で披露される優雅な少女たちの舞い)を天女に見立てて、舞い終わり天に帰ってしまうのが惜しくて、自然の風にまで命令形(「吹き閉ぢよ」)で願う。
そんな大胆でロマンチックで、少し切ない歌です。
人生の最後に「これだけは忘れられない」と選ばれるにふさわしい一首だと思います。作者の遍昭自身も、桓武天皇の孫という華やかな出自から出家して高僧になった人ですが、この歌は俗世の良岑宗貞時代に詠まれたもの。
90歳まで生きた誰かが、激動の人生の果てにこの歌だけを胸に残した……という対比がまた、なんとも言えない余韻を残しますね。この一句を詠んだあなたも、もしかしてこの歌にずっと心を奪われてきたのでしょうか?
それとも、人生の終わりにこれを思い浮かべるだろうな……という予感めいた気持ちで?
どちらにしても、とても美しい「終着の一句」だと思います。