「個性豊かであることは強みだ」
そんな話を聞いていたとき、ふと10代の頃のことを思い出しました。
物語に登場する『白雪姫』の七人のこびと。
日本では「ぬけさく」と呼ばれるこびとが、
アメリカでは「Happy(ハッピー)」という名前でした。
同じ人物なのに、呼び方が変わるだけで受ける印象はまったく違います。
文化や言葉が違えば、ラベル(名前)も変わる。
どっちが正しいという話ではなく、
「見方の数だけ、物語は変わるんだな」と感じた瞬間でした。
でも今になって思うのです。
私たちは、人だけではなく、
自分の感情にも名前をつけ直しているのかもしれないって。
誰かに何かを言われて「ムカッ」とした瞬間。
その気持ちに、私は別の名前をつけてしまうことがあります。
「いや、きっと相手にも事情があるし…」
「悪気はなかったんだよね。」
そんなふうに、すぐにポジティブな言葉へ言い換えてしまうのです。
人の見方を広げることを大切にしてきたからこその癖なのかもしれません。
もちろん、リフレーミングは悪いことではありません。
でも、その前に。
「ムカッとした。」
その気持ちが、本当の私です。
「傷ついたね。」
「嫌だったね。」
そう感じた自分まで、なかったことにしなくていい。
そんなことを考えていたら、映画『インサイド・ヘッド』を思い出しました。
怒りも、悲しみも、不安も、喜びも。
頭の中では、それぞれが一生懸命に会議をしながら、「私」を守ろうと働いている。
あの映画を観たとき、心の中の小さな私は思いました。
「私の想像を可視化した世界だ!思い出だって、こんな感じ!」って!
誰も悪者じゃない。
怒りにも役割があり、悲しみにも意味がある。
最近、私の絵にも、
少しずつアッシュ(灰色)のような色が現れるようになりました。
以前なら避けていた色です。
でも今は、その色も役割のある大切な一色だと感じています。
自分をご機嫌にするって、
ネガティブな感情を書き替えることでも、追い出すことでもなかった。
頭の中で今日も頑張ってくれている"みんな"を、そのまま認めることだった。
「今日は怒っているんだね。」
「少し傷ついたね。」
そんなふうに、自分に声をかけてあげると…
それだけで、頭の中の会議は少し穏やかになる気がします。
頭の中は、今日も会議中。
誰かが、一生懸命 私を守ろうと働いてくれている。
だから、自分に「ありがとう」と伝えたくなっちゃう。
