「今どきの親は……」とよく言われますが、今どきの親って、どんな親のことなのでしょうか?5年ほど前なのですが、「子どもを育てられない『ママ』の特徴」と題した新聞記事がありました。その中身というのは、
○1970年代生まれ
○核家族で育つ
○異年齢集団の経験がない
○親に愛されて育ってこなかった
○地域住民との関係を結ばない
○気の合わない人と話せない
○自分の子供以外の赤ん坊を触ったことがないまま母親になった
といったような項目が挙げられていました。「1970年代…」という項目は別にしても、「核家族で育った」「親の愛情に触れなかった」「異年齢の集団での経験がない」「自分の子供以外の小さい子を知らない」といったこれまでの経験が、結局は今「地域住民との関わりができない」「気の合う人しか話をしない」といった行動として現れているということなのでしょうか。
このような事と共に、これも新聞記事なのですが、「おかど違いの苦情や言い訳」として、よく出ていることがあります。それらを列記してみますと、
○行事のスナップ写真で、「うちの子が真ん中に写っていないのはどうしてか」と幼稚園にクレームをつけてきた
○あることで、(保護者がクレームを言いに来た日の)休業補償を支払えと学校に対して請求する
○うちの子が石をぶつけてガラスを割ったのは、そこに石が落ちているのをそのままにしていたのが悪いと逆に文句を言う
○ある店の前に公衆電話があり、そこについている警察への非常ボタンをいたずらして押した子の母親が注意されると、「こんな所に公衆電話があるから、子供がいたずらするのだ」と逆ギレした
といったことが書かれていましたが、今どきの親と関係するのでしょうか。しかし、同じような頃に、ドロシー・ロー・ノルドという詩人の『子どもが育つ魔法の詩』という詩集が一世を風靡したことがありました。でも、このような詩の中身には今の親たちは心を揺り動かされるというようなことはないのでしょうか。
子は親の鏡
けなされて育つと 子どもは 人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと 子どもは乱暴になる
不安な気持ちで育てると 子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると 子どもはみじめな気持になる
子どもを馬鹿にすると 引っ込み思案な子になる
親が他人を羨んでばかりいると 子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると 子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう
励ましてあげれば 子どもは自信を持つようになる
広い心で接すれば キレる子にはならない
誉めてあげれば 子どもは明るい子に育つ
愛してあげれば 子どもは人を愛することを学ぶ
認めてあげれば 子どもは自分が好きになる
見つめてあげれば 子どもは頑張り屋になる
分かち合うことを教えれば 子どもは思いやりを学ぶ
親が正直であれば 子どもは正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば 子どもは正義感のある子に育つ
優しく思いやりをもって育てれば 子どもは優しい子に育つ
守ってあげれば 子どもは強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば
子どもはこの世の中はいいところだと思えるようになる
思春期の子どもを持つお母さん、お父さんへ
期待しすぎると 子どもは疲れてしまう
規則で縛りつけると 子どもは抜け道を探す
何でも言うことを聞いていると 子どもは自己中心的になる
失敗ばかりさせていると 物事を途中で投げ出す子になる
約束を破ってばかりいると 子どもはやる気をなくす
否定されてばかりいると 子どもはどうしたらいいかわからなくなってしまう
子どもの気持ちを大事にすれば 子どもは思いやりのある子に育つ
信じてあげれば 子どもは本当のことを話してくれる
親が自分に正直に生きていれば 子どもも自分に素直になれる
子どもに任せれば 子どもは責任感を持つようになる
親が自立していれば 子どもも自立の芽を伸ばす
健康な生活を送っていれば 子どもは体を大切にする
支えてあげれば 子どもは明るい子に育つ
違いを認める家庭であれば 子どもは生き生きする
あたたかい目で見守ってあげれば 子どもはやさしい子に育つ
子どもを信じて 未来を託せば 子どもは頼もしい大人になる
2つの詩を載せましたが、一篇目は子供がまだ生まれてから幼稚園の頃までを育てる親としての子供への思い、そして二篇目はもっと大きくなった子供の成長への期待のようなものを題名からも感じます。教師として、親がこういう思いで子供に接してくれれば、子供にとっていいなあと思いませんか。
iPhoneからの投稿
「最近は常識のない人が増えたね。」と言って嘆く人がいます。それはまず、子供の頃からの「実体験(経験)」が少なくなったということが大きいかもしれません。
私が子供の頃は、週末になると山や川でよく遊びました。今の子供は、自然と接する体験が少ないと思います。子供時代に必要な経験が、今の子供達は少ないのです。
また、大人も子供にその模範を示せていないということも大きな要因の一つであると思います。家庭なら躾ですが、これが出来ない親が多い。躾とは、押し付けではありません。何故悪い事をしてはならないかを説明する事でもあります。なのに、感情で子供を責める親がいます。理由をちゃんと説明出来ない躾は押し付けであり、言葉の暴力です。
しかし、いくら体験していても、全てが身につくわけでもないので、その都度覚えていくしかないのですが、そんなことにあまり興味を示さない人も増えてきていて、常識がなくても平気な人もいます。
しかし、社会人として、日本人として知っておく必要がある常識はたくさんありますし、子供達もいずれは大人になって、そのような常識を必要とする環境に入っていくわけですので、学力も大切ですが、この常識と言われるようなことを少しずつ身につけていくことも同じように大切なことだと思います。
でも、この常識、本来は家庭で躾けていく中で身につけさせていくことが大事なのですが、さあ、果たして各家庭ではどうなのでしょうか。その躾が「家庭でつかない」となると学校でつけていくということになりますが、それが学校でもつかないとなると、子どもたちは一体どこで身につけるのでしょうか。まずは「子ども達を指導する者」として先生方が基本的な常識を身につけて、『常識力』を高めて、範を示していくことが大事なようです。
では、ここで日常生活に関わることで、特に言葉のかけ方での常識的なことを少しだけ上げてみたいと思います。どれくらい知っていますか。ちょっとしたことですが知っておくと、少しは便利かもしれません。
○「お疲れ様」「ご苦労様」という声のかけ方
これはどちらの言葉も相手が疲れたと思われるときに、労いの気持ちを伝える一声で、どちらでもいいのではと感じますが少し違いがあるのです。
「ご苦労様」は苦労をかける立場の人から、苦労した人にいう言葉で、上に立つ人から下の立場の人へのねぎらいの言葉なのです。一方「お疲れ様」は、使い勝手がよい言葉で、上司が部下に、また部下が上の人に言うときにも使える言葉ということができます。
○「いつもお世話になります」という言葉
人は慣用句のように「いつもお世話になります」「いつもお世話になっています」と使います。「いつも…」ですから、前々から知っている人や顔見知りの人に対していう言葉ということになります。でも、仕事面では初対面であっても使ってもいいようです。特に訪ねて行った学校や会社などの組織の場合、自分は初めてかもしれないのですが、自分の学校の先生が、また、学校全体で何らかの世話になっているかもしれないし、相手を尊重する姿勢を示す意味でも使ったらいいということです。特に電話の場合は、電話を受けたりかけたりしたとき、知らない者同士であったとしても、学校の誰かがその人にお世話になっているかもしれないので、こちらには重要な人だということを示す意味で「いつもお世話に…」と使うことも大事なことかもしれません。
○断るときに添える「優しい言葉遣い」は
旅行を計画していて、ホテルの予約をしたり、みんなで食事にいくのに、親子に訪問者レストランに予約を入れたりすることがあるでしょう。そのとき「満室です」「満席です」とつっけんどんに断られてしまうと、腹の立つことがあります。それを「あいにくですが、満席になっておりまして…」と言われると「そうか、それなら
仕方ないな」となるでしょう。学校でも親がつっけんどんに電話をかけてくるとカチンと来るときだってあります。逆に親からかかってきた電話に出た人がつっけんどんに応待したら、親としたら「なんだ、この先生は…」となってしまいます。相手の要求に応じられない時にどう反応すれば嫌な気持ちにならないかを考えることは大切なことです。そんなときよく使われる言葉が「あいにくですが…」です。「○○先生はおいでですか?」という電話に、「○○は出張です」か「(もうしわけありません)あいにく、○○は出張で不在ですが」をくらべてどうでしょうか。みなさんはどちらを使っていますか。まさか「○○先生は出張でおいでになりません」なんて
とんでもない言い方はしてはいないと思いますが…。
最後に余談になりますが、仕事と大いに関係することで、「訂正印」の押し方についてです。
○『訂正印』の正しい押し方は
わたしたちの日常生活で、印を押すことでは宅配や郵便物を受け取った時などに受け取り印を押すことが最も多いのではないでしょうか。仕事面では学校の管理職や行政の人間は回ってきた書類等に印を押すことが非常に多くなります。捺印するということはその書類に責任を持つという非常に大事なことですので、気をつけなければいけません。
中でも気をつけなければいけないのが「訂正印」を押すということです。先生方ではそんな機会はあまりないでしょうが、よくあるのが指導要録。子どもの名前が変わったりしたときなど、さまざまな変更・訂正のときには訂正印を押します。正式には、赤の二重線で訂正個所を抹消して、その右に訂正した文言を書き加えて訂正印を押します。横書き文書の場合は上です。その時「訂正印」といって小さいハンコがありますが、正式には訂正印はその文書に捺印したものと同じハンコを使います。
このように、ちょっとしたことでも知っているかどうかで対応が随分違ってきます。捺印(訂正印)のことなどはよく言っています「対応力」「処理能力」といったこととも大いに関係性があることだと思いますし、また教師は保護者や地域の方々と継続的につながっていくことが多いと思います。とっかかりであったり、関係を深めていくときにちょっとしたことで相手に嫌な思いをさせてしまわないように、こんなことでも知っておくと役立つこともあるかもしれません。
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私が子供の頃は、週末になると山や川でよく遊びました。今の子供は、自然と接する体験が少ないと思います。子供時代に必要な経験が、今の子供達は少ないのです。
また、大人も子供にその模範を示せていないということも大きな要因の一つであると思います。家庭なら躾ですが、これが出来ない親が多い。躾とは、押し付けではありません。何故悪い事をしてはならないかを説明する事でもあります。なのに、感情で子供を責める親がいます。理由をちゃんと説明出来ない躾は押し付けであり、言葉の暴力です。
しかし、いくら体験していても、全てが身につくわけでもないので、その都度覚えていくしかないのですが、そんなことにあまり興味を示さない人も増えてきていて、常識がなくても平気な人もいます。
しかし、社会人として、日本人として知っておく必要がある常識はたくさんありますし、子供達もいずれは大人になって、そのような常識を必要とする環境に入っていくわけですので、学力も大切ですが、この常識と言われるようなことを少しずつ身につけていくことも同じように大切なことだと思います。
でも、この常識、本来は家庭で躾けていく中で身につけさせていくことが大事なのですが、さあ、果たして各家庭ではどうなのでしょうか。その躾が「家庭でつかない」となると学校でつけていくということになりますが、それが学校でもつかないとなると、子どもたちは一体どこで身につけるのでしょうか。まずは「子ども達を指導する者」として先生方が基本的な常識を身につけて、『常識力』を高めて、範を示していくことが大事なようです。
では、ここで日常生活に関わることで、特に言葉のかけ方での常識的なことを少しだけ上げてみたいと思います。どれくらい知っていますか。ちょっとしたことですが知っておくと、少しは便利かもしれません。
○「お疲れ様」「ご苦労様」という声のかけ方
これはどちらの言葉も相手が疲れたと思われるときに、労いの気持ちを伝える一声で、どちらでもいいのではと感じますが少し違いがあるのです。
「ご苦労様」は苦労をかける立場の人から、苦労した人にいう言葉で、上に立つ人から下の立場の人へのねぎらいの言葉なのです。一方「お疲れ様」は、使い勝手がよい言葉で、上司が部下に、また部下が上の人に言うときにも使える言葉ということができます。
○「いつもお世話になります」という言葉
人は慣用句のように「いつもお世話になります」「いつもお世話になっています」と使います。「いつも…」ですから、前々から知っている人や顔見知りの人に対していう言葉ということになります。でも、仕事面では初対面であっても使ってもいいようです。特に訪ねて行った学校や会社などの組織の場合、自分は初めてかもしれないのですが、自分の学校の先生が、また、学校全体で何らかの世話になっているかもしれないし、相手を尊重する姿勢を示す意味でも使ったらいいということです。特に電話の場合は、電話を受けたりかけたりしたとき、知らない者同士であったとしても、学校の誰かがその人にお世話になっているかもしれないので、こちらには重要な人だということを示す意味で「いつもお世話に…」と使うことも大事なことかもしれません。
○断るときに添える「優しい言葉遣い」は
旅行を計画していて、ホテルの予約をしたり、みんなで食事にいくのに、親子に訪問者レストランに予約を入れたりすることがあるでしょう。そのとき「満室です」「満席です」とつっけんどんに断られてしまうと、腹の立つことがあります。それを「あいにくですが、満席になっておりまして…」と言われると「そうか、それなら
仕方ないな」となるでしょう。学校でも親がつっけんどんに電話をかけてくるとカチンと来るときだってあります。逆に親からかかってきた電話に出た人がつっけんどんに応待したら、親としたら「なんだ、この先生は…」となってしまいます。相手の要求に応じられない時にどう反応すれば嫌な気持ちにならないかを考えることは大切なことです。そんなときよく使われる言葉が「あいにくですが…」です。「○○先生はおいでですか?」という電話に、「○○は出張です」か「(もうしわけありません)あいにく、○○は出張で不在ですが」をくらべてどうでしょうか。みなさんはどちらを使っていますか。まさか「○○先生は出張でおいでになりません」なんて
とんでもない言い方はしてはいないと思いますが…。
最後に余談になりますが、仕事と大いに関係することで、「訂正印」の押し方についてです。
○『訂正印』の正しい押し方は
わたしたちの日常生活で、印を押すことでは宅配や郵便物を受け取った時などに受け取り印を押すことが最も多いのではないでしょうか。仕事面では学校の管理職や行政の人間は回ってきた書類等に印を押すことが非常に多くなります。捺印するということはその書類に責任を持つという非常に大事なことですので、気をつけなければいけません。
中でも気をつけなければいけないのが「訂正印」を押すということです。先生方ではそんな機会はあまりないでしょうが、よくあるのが指導要録。子どもの名前が変わったりしたときなど、さまざまな変更・訂正のときには訂正印を押します。正式には、赤の二重線で訂正個所を抹消して、その右に訂正した文言を書き加えて訂正印を押します。横書き文書の場合は上です。その時「訂正印」といって小さいハンコがありますが、正式には訂正印はその文書に捺印したものと同じハンコを使います。
このように、ちょっとしたことでも知っているかどうかで対応が随分違ってきます。捺印(訂正印)のことなどはよく言っています「対応力」「処理能力」といったこととも大いに関係性があることだと思いますし、また教師は保護者や地域の方々と継続的につながっていくことが多いと思います。とっかかりであったり、関係を深めていくときにちょっとしたことで相手に嫌な思いをさせてしまわないように、こんなことでも知っておくと役立つこともあるかもしれません。
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息子の限定された優しさは、世話をやくという形で発揮される。普段から妹の面倒をよくみてくれる。そんな娘は、お兄ちゃんが大好きだ。
昨日、娘が初めて喋った。
それは「お兄ちゃん」だった。
ちょっと悔しいけど、あれだけ妹の面倒をみてくれるなら、負けても仕方ない。
初めて、息子に負けた(๑ᴖ◡ᴖ๑)
そして、息子らしい勝ち方だった。
母親として、息子を誇りに思う。
良い兄妹になってくれて、有難う。
昨日、娘が初めて喋った。
それは「お兄ちゃん」だった。
ちょっと悔しいけど、あれだけ妹の面倒をみてくれるなら、負けても仕方ない。
初めて、息子に負けた(๑ᴖ◡ᴖ๑)
そして、息子らしい勝ち方だった。
母親として、息子を誇りに思う。
良い兄妹になってくれて、有難う。
