子ども排除の動きが、高まっているようですね。
今の大人達は自分も子供だった事を忘れてしまったのか、大人になったのに自分が子供のままな事が分からないのか。一部だと思いますが、そういう人が増えましたね。
子供の人権擁護が叫ばれる中、何故子供を排除しようとするのか?
そんなに子供を守る親が邪魔なのでしょうか?
たまたま、子連れ出勤出来る職場のニュースを見ました。
その会社の経営者さんは、ベビーカーで公共交通機関を利用する親子に理解がない人達に怒りを感じているのでしょう。子供がいる人なら、子供を悪く扱われて怒らない親なんていません。
面白いと思ったのが、連れてきて良い子供の人数を決めている理由でした。
「従業員全員で子供をみるから」というのが理由だそうです。
他にも子供の急病で休む場合、代わりに出勤出来る人を社内専用のネット?で募集させて、母親の従業員に仕事に責任を持たせている事。母親に責任を持たせる事で、社会との繋がりもより強くなります。
子供や母親の立場になって考えられる人もいるのに、子供を悪者扱いする人もいます。
中には親子共々が非常識だからという事もありますが、非常識な子供って親に問題がある事が多いのです。
それは一人っ子で育った人が増えた事と、核家族化が大きな影響を及ぼしているのです。
家庭は、小さく狭い社会です。祖父母が一緒に住む事で社会性が備わるのですが、祖父母がいない為に家庭はより狭い社会になっています。
親と子の繋がりしかない家庭が多い為、祖父母という第三者の目が入らない。仮に親が間違った事を教えても、それを修正してくれる人がいない。そうなると、子供は間違った常識や考え方を身につけてしまいます。
親のご意見番がいないから、親と別の考え方をする人がいる事が分からない。違う考えがある事が普通じゃなくなります。偏った考え方になります。
仮に親が子供を邪険に扱えば、その子供も子供を邪険に扱う事が普通になるのです。
それが根底にあり、子供に勉強しかさせなかったり、躾をしない親が増えました。
つまり、子供に社会勉強させられない親が増えたのです。
そんな親元で育った人が、人の立場になって考えられない大人になった可能性は十分あります。
それが自分に都合の悪い事を排除しようとする社会を作り出したのです。
これが、私が考える子供排除が加速する理由の内の一つです。
誰にも迷惑をかけないで生きていける人なんて、この世にいません。
子供にイライラした時は「自分もこんな風に迷惑をかけた事があるかもしれない」
こう考えると、イライラも少し治まるかもしれません。私は子供達と接する時に、心掛けています。
旦那の話を聞いて、腹が立ったので書いてみました。テーマは、躾です。
ところで今の親は躾が出来ない人が多いと言われるが、それには理由がある。
世間体や面倒臭いという理由で、子供を叱らない場合。
親が子供の時に叱られて育っていない場合。
この二つは全然違うようでいて、根っこは同じである。
70代は子供時代が戦争真っ只中だった。規制等色々厳しい時代だったから、その子供には自然と甘くなる。戦争は起こっていないから、戦時中の教育は、時代に当てはまらない部分もあったろう。
60代は子供時代が戦後だった。食糧不足の他、アメリカは凄いんだという洗脳で、日本はおかしくなった。その60代に育てられた4~50代は、高度成長期で日本は一番良い時代だった。
60代は子供の時に満足に食べられない人が多かったから、自分の子供には良い食べ物に良い教育をと、家庭ではなく会社に人生を捧げるようになった。家庭より、仕事命なのだ。その親に育てられた4~50代は、可愛い×2である。この頃から、マザコンが出だした。30代は、4~50代の尻拭いである。
マザコン=子供みたいな大人が、子供を躾けられる訳がない。可愛い×2で育てられた人は、叱られた事がないからだ。感情で責める事を叱ると勘違いしている人もいるから、そんな親に当たった子供は卑屈になるしかないのだ。その30代が親になった今、子供が親を育てているかのような家庭も出だした。
子供の時に叱られ慣れていないと、いざという時に踏ん張れない大人になる。だから社会に出ようとした時に、挫折して引きこもり出した世代は、40代からが多いのだ。何故、親は子供に甘くなったのか?子供が自分と同じ体験をするという事は、自分も子供と一緒に再体験する。こんな思いをしたくないから、甘くなる。子供に自分と同じ思いをさせたくないなら、普通は厳しくなる。しかし、現実は違った。自分に甘い人が多くなったから、叱らない。恥をかきたくない、面倒臭いから叱りたくない。それを繰り返したら、叱れない親が増えた。躾の出来ない親が増えた一因は、これであろう。
叱れない親が増えたという事は、子供みたいな大人が増えたという事である。子供はバイキンマンみたいなものだ。理性より、感情を優先して動く。面倒だったら、やらない。欲しかったら、盗んでいい。気にくわなかったら、叩いてもいい。普通と少しでも違ったら、苛めてもいい。バイキンマンみたいな大人が増えたとも言える。
子供は家庭で叱ってばかりでは、いつまでも悪さをする。閉鎖的な環境もあるから、気が緩む。だから、悪さをする。外で恥をかかないと、それがどんな恥ずかしい事か分からない。第三者の目がないと、人は育たない。子供を地域で育てる理由は、そこにある。それを教えられる時期が、子供時代。子供は立ち直りが早いから、失敗するにはうってつけの時期なのだ。
でも、どうやって叱ったらいいのか分からない。叱り方が分からなくて困っていると友人に相談したら、アンパンマンの絵本を読む事を勧められた。DVDではダメらしい。タイトルは分からないが、バイキンマンが出てこない話が良いと言われたので、後日図書館へ行って探してこようと思う。
子育ては、自分育て。今は、大人がアンパンマンの絵本を読む時なのだ。
iPhoneからの投稿
ところで今の親は躾が出来ない人が多いと言われるが、それには理由がある。
世間体や面倒臭いという理由で、子供を叱らない場合。
親が子供の時に叱られて育っていない場合。
この二つは全然違うようでいて、根っこは同じである。
70代は子供時代が戦争真っ只中だった。規制等色々厳しい時代だったから、その子供には自然と甘くなる。戦争は起こっていないから、戦時中の教育は、時代に当てはまらない部分もあったろう。
60代は子供時代が戦後だった。食糧不足の他、アメリカは凄いんだという洗脳で、日本はおかしくなった。その60代に育てられた4~50代は、高度成長期で日本は一番良い時代だった。
60代は子供の時に満足に食べられない人が多かったから、自分の子供には良い食べ物に良い教育をと、家庭ではなく会社に人生を捧げるようになった。家庭より、仕事命なのだ。その親に育てられた4~50代は、可愛い×2である。この頃から、マザコンが出だした。30代は、4~50代の尻拭いである。
マザコン=子供みたいな大人が、子供を躾けられる訳がない。可愛い×2で育てられた人は、叱られた事がないからだ。感情で責める事を叱ると勘違いしている人もいるから、そんな親に当たった子供は卑屈になるしかないのだ。その30代が親になった今、子供が親を育てているかのような家庭も出だした。
子供の時に叱られ慣れていないと、いざという時に踏ん張れない大人になる。だから社会に出ようとした時に、挫折して引きこもり出した世代は、40代からが多いのだ。何故、親は子供に甘くなったのか?子供が自分と同じ体験をするという事は、自分も子供と一緒に再体験する。こんな思いをしたくないから、甘くなる。子供に自分と同じ思いをさせたくないなら、普通は厳しくなる。しかし、現実は違った。自分に甘い人が多くなったから、叱らない。恥をかきたくない、面倒臭いから叱りたくない。それを繰り返したら、叱れない親が増えた。躾の出来ない親が増えた一因は、これであろう。
叱れない親が増えたという事は、子供みたいな大人が増えたという事である。子供はバイキンマンみたいなものだ。理性より、感情を優先して動く。面倒だったら、やらない。欲しかったら、盗んでいい。気にくわなかったら、叩いてもいい。普通と少しでも違ったら、苛めてもいい。バイキンマンみたいな大人が増えたとも言える。
子供は家庭で叱ってばかりでは、いつまでも悪さをする。閉鎖的な環境もあるから、気が緩む。だから、悪さをする。外で恥をかかないと、それがどんな恥ずかしい事か分からない。第三者の目がないと、人は育たない。子供を地域で育てる理由は、そこにある。それを教えられる時期が、子供時代。子供は立ち直りが早いから、失敗するにはうってつけの時期なのだ。
でも、どうやって叱ったらいいのか分からない。叱り方が分からなくて困っていると友人に相談したら、アンパンマンの絵本を読む事を勧められた。DVDではダメらしい。タイトルは分からないが、バイキンマンが出てこない話が良いと言われたので、後日図書館へ行って探してこようと思う。
子育ては、自分育て。今は、大人がアンパンマンの絵本を読む時なのだ。
iPhoneからの投稿
児相って虐待された児童を家庭から引き離す仕事をイメージしがちだけど、実は障害児のケアの仕方含めた、親子関係を良くする為の相談機関でもあったりします。
家は息子が発達障害児だし、問題行動で日常生活に支障をきたす事もあってお世話になっていますが、そこの職員が非常識な事を言うんだよね…。
私は普通の生活がしたいだけなのに、理想が高すぎるといって、暗に虐待被害者は普通の幸せを求めるな!とか、人の話を聞けない状態の人を勝手に担当者にされて嫌な思いをしたのに、謝罪一つもしないなんて日常茶飯事の所でしたね、家があたったのは。所詮天下り先だし、人の命を預かる所なのに定時上がり(5時退社)だし、意識低い職場というのが第一印象でした。
因みに児童福祉司の資格を持っていないと、児相の職員にはなれません。障害児のケアや非行児童の更生にも関わっているので、心理士もいます。乳児や幼児の面倒をみなければならない事もある為、保育士もいます。
私が住む地域だけかもしれませんが、虐待された母親のカウンセリングを行っているので、カウンセラーも嘱託しています。私もお世話になっています。他にも専門家がいるかもしれませんが、私が分かるのはこれくらいです。
これだけ専門家がいても、児相は対応しきれていません。虐待が増えた事もありますが、それより重大な問題があります。これは児相だけでなく、他の組織や会社にも言えます。人としてのレベルが低いのです。
世の中は、愛情ある普通の親の下で育った人が多いです。一般常識を始めとしたルールやマナーは、普通の家庭で育った人が作ったものです。しかし、愛情どころか、一般常識さえ教えて貰えない人もいます。様々な人達がいるのです。なのに一部の人は、その常識を振りかざして非常識な言動をします。
先程の”虐待被害者は普通の幸せを求めるのは理想が高すぎる”も、常識を持った人が放った非常識な発言です。それが児相の職員の発言だから、問題なのです。
これは、立派な差別です。
他にもあります。私が伝えたい事を纏めた手紙を渡そうとしたら「児相は手紙を受け取らない」と言ったのに、旦那が書いた手紙は受け取るのです。どうも児相は、虐待被害者の手紙は受け取れないようですね。
今度はその手紙を請求してきましたが、頂戴なんて誰にモノ言ってんだ。欲しいくせに、お願いも出来ないのでしょうか?欲しい時は下さいって、親に教えて貰えなかったのでしょうね。
私は一般常識を親に教えて貰えなかったが為に、常識知らずな言動をした事があります。私はきちんと謝罪して、その言動を改めるべく、現在も努力を続けています。
常識を親に教えて貰えなかったが故に、私は常識知らずな言動をさせられました。親にきちんと教えて貰えていれば、そんな事しなくて済んだのです。だから、非常識ではありません。非常識とは、有る程度常識がないと出来ない事です。常識を知らない事と非常識は、違うのです。
諸悪の根源は私を虐待した親なのに、私がさせられた常識知らずな言動といった見える事だけ注目して、本当の原因を究明出来ないばかりか、かつて児童だった私を再度虐待するのです。あの言動が、正に私が受けた虐待でした。こんな事が赦されていい筈がない!
児童を救う為の組織の人が、組織の権力を利用した上で相談者の心の古傷を抉った上、新たな傷を付けるなど、言語道断です。人としても間違っている。それに気付かない事に、私は大変な危機感を抱いています。これは、新たな虐待を生み出すシステムだからです。
親に傷付けられて育った人は、酷く自尊心が傷付いている為に、心の耐久力や防御力が普通の人より少ない事が多いです。つまり言動に敏感な為、傷付き易いのです。人間不信の人もいます。人を当たり前に信じられる人ばかりではない。
私に非常識な言動を繰り返す児相の職員や息子のかかりつけ医も、普通と違うという理由で、非常識な言動をして他人を傷付ける事が、彼らの常識になっています。
これが私達家族が関わっている児相の実態です。しかし、私達より酷い目に遭っているご家族もあると思います。私は、悔しくてなりません!
こんな横暴な振る舞いを許しているのは、間違った常識なんだと私は確信しています。加害者は罰せられずにのうのうと生きているのに、被害者は今も傷付き悲しみながら生きていかなければならないなんて、そんなの絶対間違っている!それを大多数の人が許している事が、私は悲しくて悔しいです。
旦那は人の見る目は中々変わらないと言っていましたが、だからといって酷い事をして良い理由になりません。どう見ようが勝手ですが、それを表情や言動に出さないくらいの胆力が欲しいものです。考えが甘すぎる人が多い。
虐待されてようがなかろうが、同じ人間です。その視点があれば、差別や偏見は少なくなると思います。その視点が持てない大人は、人として未成熟。広い視野とは、経験が土台になっています。広い視野から共感力は生まれますが、日本は偏った教育しかしていないので共感力も育ちません。
勉強しかさせない親、自分の欲望の為に子供を利用する親。間違った知識を詰め込む学校教育。TVによる洗脳教育。今の子供達の環境は、私が子供だった頃より過酷な気がします。
こんな砂漠より酷い環境で育たなければならない子供達が、不憫でなりません。
環境とは場所だけでなく、人も含まれます。物理的に豊かになっても、人が豊かにならなければ意味がない。
尾木教授も共感力を提唱しておられますが、子供を育てる大人の共感力を養う事のが急務です。
その大人が被害者を作り、加害者にするのだから。
誰かのいいなりになっていれば楽でしょうが、それでは次世代育成なんて、夢のまた夢です。
いい加減、目を覚ませよ。情けない偉い人達。自分の老後をみてくれる人達を蔑ろにするんじゃないよ。
脅すだけじゃ、未来は切り開けないんだよ。
iPhoneからの投稿
家は息子が発達障害児だし、問題行動で日常生活に支障をきたす事もあってお世話になっていますが、そこの職員が非常識な事を言うんだよね…。
私は普通の生活がしたいだけなのに、理想が高すぎるといって、暗に虐待被害者は普通の幸せを求めるな!とか、人の話を聞けない状態の人を勝手に担当者にされて嫌な思いをしたのに、謝罪一つもしないなんて日常茶飯事の所でしたね、家があたったのは。所詮天下り先だし、人の命を預かる所なのに定時上がり(5時退社)だし、意識低い職場というのが第一印象でした。
因みに児童福祉司の資格を持っていないと、児相の職員にはなれません。障害児のケアや非行児童の更生にも関わっているので、心理士もいます。乳児や幼児の面倒をみなければならない事もある為、保育士もいます。
私が住む地域だけかもしれませんが、虐待された母親のカウンセリングを行っているので、カウンセラーも嘱託しています。私もお世話になっています。他にも専門家がいるかもしれませんが、私が分かるのはこれくらいです。
これだけ専門家がいても、児相は対応しきれていません。虐待が増えた事もありますが、それより重大な問題があります。これは児相だけでなく、他の組織や会社にも言えます。人としてのレベルが低いのです。
世の中は、愛情ある普通の親の下で育った人が多いです。一般常識を始めとしたルールやマナーは、普通の家庭で育った人が作ったものです。しかし、愛情どころか、一般常識さえ教えて貰えない人もいます。様々な人達がいるのです。なのに一部の人は、その常識を振りかざして非常識な言動をします。
先程の”虐待被害者は普通の幸せを求めるのは理想が高すぎる”も、常識を持った人が放った非常識な発言です。それが児相の職員の発言だから、問題なのです。
これは、立派な差別です。
他にもあります。私が伝えたい事を纏めた手紙を渡そうとしたら「児相は手紙を受け取らない」と言ったのに、旦那が書いた手紙は受け取るのです。どうも児相は、虐待被害者の手紙は受け取れないようですね。
今度はその手紙を請求してきましたが、頂戴なんて誰にモノ言ってんだ。欲しいくせに、お願いも出来ないのでしょうか?欲しい時は下さいって、親に教えて貰えなかったのでしょうね。
私は一般常識を親に教えて貰えなかったが為に、常識知らずな言動をした事があります。私はきちんと謝罪して、その言動を改めるべく、現在も努力を続けています。
常識を親に教えて貰えなかったが故に、私は常識知らずな言動をさせられました。親にきちんと教えて貰えていれば、そんな事しなくて済んだのです。だから、非常識ではありません。非常識とは、有る程度常識がないと出来ない事です。常識を知らない事と非常識は、違うのです。
諸悪の根源は私を虐待した親なのに、私がさせられた常識知らずな言動といった見える事だけ注目して、本当の原因を究明出来ないばかりか、かつて児童だった私を再度虐待するのです。あの言動が、正に私が受けた虐待でした。こんな事が赦されていい筈がない!
児童を救う為の組織の人が、組織の権力を利用した上で相談者の心の古傷を抉った上、新たな傷を付けるなど、言語道断です。人としても間違っている。それに気付かない事に、私は大変な危機感を抱いています。これは、新たな虐待を生み出すシステムだからです。
親に傷付けられて育った人は、酷く自尊心が傷付いている為に、心の耐久力や防御力が普通の人より少ない事が多いです。つまり言動に敏感な為、傷付き易いのです。人間不信の人もいます。人を当たり前に信じられる人ばかりではない。
私に非常識な言動を繰り返す児相の職員や息子のかかりつけ医も、普通と違うという理由で、非常識な言動をして他人を傷付ける事が、彼らの常識になっています。
これが私達家族が関わっている児相の実態です。しかし、私達より酷い目に遭っているご家族もあると思います。私は、悔しくてなりません!
こんな横暴な振る舞いを許しているのは、間違った常識なんだと私は確信しています。加害者は罰せられずにのうのうと生きているのに、被害者は今も傷付き悲しみながら生きていかなければならないなんて、そんなの絶対間違っている!それを大多数の人が許している事が、私は悲しくて悔しいです。
旦那は人の見る目は中々変わらないと言っていましたが、だからといって酷い事をして良い理由になりません。どう見ようが勝手ですが、それを表情や言動に出さないくらいの胆力が欲しいものです。考えが甘すぎる人が多い。
虐待されてようがなかろうが、同じ人間です。その視点があれば、差別や偏見は少なくなると思います。その視点が持てない大人は、人として未成熟。広い視野とは、経験が土台になっています。広い視野から共感力は生まれますが、日本は偏った教育しかしていないので共感力も育ちません。
勉強しかさせない親、自分の欲望の為に子供を利用する親。間違った知識を詰め込む学校教育。TVによる洗脳教育。今の子供達の環境は、私が子供だった頃より過酷な気がします。
こんな砂漠より酷い環境で育たなければならない子供達が、不憫でなりません。
環境とは場所だけでなく、人も含まれます。物理的に豊かになっても、人が豊かにならなければ意味がない。
尾木教授も共感力を提唱しておられますが、子供を育てる大人の共感力を養う事のが急務です。
その大人が被害者を作り、加害者にするのだから。
誰かのいいなりになっていれば楽でしょうが、それでは次世代育成なんて、夢のまた夢です。
いい加減、目を覚ませよ。情けない偉い人達。自分の老後をみてくれる人達を蔑ろにするんじゃないよ。
脅すだけじゃ、未来は切り開けないんだよ。
iPhoneからの投稿