家族とはそもそもどのようなものでしょうか。家族とは、社会の最小単位だと学校で習った覚えがあります。我々の社会生活を考える場合、最も基本となる集団は家族であり、その集団は親族集団と考えられます。親族集団とは、血縁と婚縁のいずれかによって結ばれていると、認知しあっている人々をいいます。そして、家族は居住共同にもとづく親族集団です。我々がこの世の中に生を受けて初めて出会う集団が家族であるばかりでなく、我々は生涯、家族を基盤に生活しており、そこから離れることがありません。家族は我々の一生において最も基本的かつ重要な意味を持つ集団であると言えます。
一方で、「家族」という主観的で曖昧な概念に代わって、「世帯」という概念が使用されます。世帯は「住居と家
計の共同」という外面的条件を満たしたものをいいます。そのため、たとえ家族でなくても一緒に住んでいれば同一世帯となり、逆に家族であっても別居していれば別世帯となります。
次に、家族を最も支える重要な機能、家族の機能について考えていきます。家族が我々に対して果たしている機能です。
人間は、いつの時代にも家族を形成し、そこを基礎として生活してきたのは、家族が人間にとって重要な意味と働きを持っていたからです。家族の機能は、その形態同様、時代や文化によって様々です。現代では、家族の持つ多くの機能は家以外の機能集団によって変わりつつあります。つまり、生産の場は企業へ、宗教は教会へ、娯楽は歓楽街へという具合です。マードック3 にならって、4つの機能にまとめることができるでしょう。それは、性、生殖、教育、経済です。
一組の男女の独占的、排他的な性的な結びつきは、家族の機能のなかでも中核的なものです。人間の場合も動物と同じく、性的秩序と所有権秩序の確立は、社会秩序の基礎であるといえます。 しかし、人間の場合、性的結合を単なるオスとメスという動物的・肉体的次元に考えることはできません。人間の場合、男性と女性がお互いに補い合いながら生活の安定と人間としての成長や幸福を達成できます。「妻は夫を慕いつつ、夫は妻をいたわりつつ」という夫婦関係は、日本の伝統的な「つがい」の形です。 家族の持つ性的機能には、1人の異性とともに人生を充実させるという面があることを忘れてはなりません。 何故なら、家族の始まりは夫婦だからです。人間の社会が維持されるためには、社会成員が
常に補充されなければなりませんが、この成員の補充はもっぱら家族において行われます。家族だけが社会成員の補充を社会から承認されているのです。
近年、西欧諸国においては婚外子の増加が著しいです。事実婚が広く見られるようになった結果、婚姻届を出さないまま暮らすカップルが増加したためです。 私は、事実婚が虐待問題を作り出す要因の一つと考えており、大変な危機感を抱いております。
人間は最も高い知能を持った動物ですが、この知能の高さの一面は学習し適応する能力です。殆どの行動を本能によって行う動物とは違って、人間はその行動の基本を学習によって身につけます。
知識教育が学校に移行したまま現代においても、人間としての基本的人格形成は家族において行われます。家族が子どもを養育する力をなくすと、社会が崩壊していきます。その意味で、社会の基本は家族が担っており、家族がしっかりしていないと社会全体が崩壊してしまうのです。
現代社会では家族がそのまま経済的生産の単位として機能することは少なくなってきましたが、消費の面からみれば、家族は依然として1つの経済的単位をなしています。富める時も互いに助け合って1つの食卓を囲むという総合扶助は、家族機能の重要な要素です。
これらのことから考えると、何か一つでも欠けると家族機能は成立しません。人間は、男女が補い合い、支え合って生活しています。このように生活することで、精神的・情緒的安定や人間的成長、または人生の幸福といった様々なものを獲得することができると考えられます。また、家族の中での教育は将来の国にも影響すると考えられます。なぜならば、もし家庭でいい加減な教育を受けていなければ社会に出た時、その本人だけでなく社会全体に迷惑がかかり影響を与えずにはいられません。そして、社会はいずれ崩壊してしまうのです。
しかし、年々家族の形態は様々形で変わりつつあります。それに伴い、家族の機能も多様化し、変化しつつあると考えます。
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