旦那はマッサージ師をしています。患者さんで東雲の従業員の方に行くよ~と話してたみたいです。
↑いざ来ました、ホテル東雲。※拾い画です。流石地元の一流ホテル、接客も大変丁寧でした。フロントには男性ではなく女性が。畏まった雰囲気にも関わらず、柔らかい笑顔で入り易いです。畏まった雰囲気が苦手な私には嬉しかった(´∀`)

先程の女性に会場近くまで案内して頂き、別の女性に席まで案内して頂きました。女性の細やかな気遣いは嬉しいものです。
旦那の患者さん(男性)もいらっしゃったので、旦那は少し談笑していました。私は初めてお会いするので、挨拶もそこそこに大人しくしていました。
↑東雲の日本庭園。石燈籠の大きさが違いました。とにかく、でかい。社長の趣味なのかな?こんな素敵な風景を見ながら食事しました。残念ながら、今回は料理の写真は撮れませんでした。撮る余裕がなかったのです。
私達が中でも凄く気に入った料理の一つが「大根と豚肉の角煮」(正式名称不明)です。
東雲ではみずほという市場から、野菜を仕入れています。その美味しさを求めて、東京から買い付けに来る人もいるそうです。
シェフの方の腕もさる事ながら、みずほの野菜も凄い。
今朝取れたての野菜を頂けたのですが、私が今まで食べてきた野菜とは別の存在みたいでした。
大根は口の中でとろけそうに柔らかいのに、大根の食感がちゃんとある。
豚肉はよく味が滲みて、ほろほろです。
いんげんは反則だ!嫌味のない優しい青臭さを残しつつも、シャキシャキと口の中で踊るような食感。←表現が○スター味っ子(古っ)みたくなってきた。
最後に人参を。…何だ、この甘さは。キャロットジュースにしてもおかしくない甘さと新鮮さを、煮込み料理で味わえるとは思わなかったです。
白いご飯が欲しいと、始終言っていました。
一流の食材を使っているだろうに、家庭料理でも作ってみたいと思える料理は初めてでした。
格式のあるホテル等で見る料理は、何処か別世界の料理で身近に感じられた試しがなかった。美味しそうに見えても、食べたいと思えなかったのです。
勿論東雲にも、そんな料理は存在します。私は超庶民派感覚なのでしょうね(^^;
「子供にも"家庭で"食べさせたい」
そう思わせる、究極の家庭料理に出会ってしまったかのようです。
我が家のご飯の主役は野菜です。それは東雲でも同じでした。
しかし、決定的な違いがあります。それは値段や私の料理の腕という問題ではなく、"元気な野菜"が今の一般的なスーパーでは殆ど手に入れられない事と、私達の味覚です。
何年も前の話ですが、今の野菜は戦後と比べて栄養価が当時の1/3ほどしかないと聞いた事があります。
栄養不足では、元気もありません。人間もそうですが、それは野菜も一緒です。
例えばトマトにしても、戦後のトマトと今のトマトでは味が全然違うと聞きました。もっと青臭くて、濃厚な味がしたそうです。
東雲で出たみずほの野菜達は、おそらく本来の味を持つ野菜でしょう。
それぞれ野菜達の"主張"たる味と食感や個性が、野菜の数ほどありました。野菜も十人十色なのでしょうね、全く同じ野菜なんていなかった。
今の料理は"見た目"に特化したものが大半を占める世の中です。
市販のプリンにしても甘いだけで、卵や牛乳の味なんかしないのです。見た目でプリンと思う程度でした。
これは東雲のバイキングに行った後に、強く感じた事でした。
食材の味がしない料理など、食事ではない。
食事とは本来、"心"と"体"で味わうものです。
今の人達は美味しいものを頂き、感動して泣いたりした事はあるのか?それを誰かと分かち合った事はあるのか?
これが心で味わう事だと思います。
まず体が反応し、それから心が美味しいと感じる事が出来るのが"本来の食事"ではないでしょうか?
見た目だけが料理ではない。甘ければそれでいいの?しょっぱければいいの?
私達は調味料を食べているのではない、主役の野菜や魚や肉を美味しく頂く為に名脇役として調味料を使っているにすぎないのに。
今の食事の主役は、まるで調味料のようです。
これでは味覚がおかしくなるのも当然。
野菜達の本来の味がしないから、今は調味料で誤魔化しているだけの料理が横行せざるを得ない。
料理は調和とハーモニーです。個性的な食材のまとめ役が調味料なのです。
心で感じられないから、見た目に頼りきるんだ。
見た目にしか頼れない料理ほど、悲しいものはないかもしれません。
心と体で味わう事が出来れば、病気になる事は少なくなる。摂食障害や味覚障害も殆どなくなる。
美味しいものを頂くのは、これほどまでに大切な事なのです。
美味しいものを皆で頂けば、心も体も育つ。
食事も見た目重視の時代から、食材本来の味を引き出す時代にシフトチェンジしなければならない時がきたのかもしれません。