息子に会ってきた | um gereizt zu werden

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昨日は土浦で花火大会があり、養護施設にいる聡真に会ってきました。

施設内の面会が許される迄入所してから1ヶ月、その間電話で交流してきました。

聡真のリクエストは、パンと大好物の唐揚げでした。

つくばはパン屋さんが多いのですが、施設では食パン以外は中々食べられないようです。

唐揚げは、手作りしました。

自分が揚げ物苦手なので、作った事が殆どありません。

2回目の唐揚げは、中々上手に作れました。

前回は竜田揚げになってもうた…。

旦那に試食して貰いましたが、美味しかったと言って貰えました。

土浦の花火大会は花火コンテストも開催され、全国から100万人が集まる程、大規模な大会です。

途中、福岡ナンバーの車を見ました。

駅は人で溢れ、構内から出るのに出場制限がありました。

施設までタクシーで行きましたが、親切な運転手さんは迂回してくれました。

北関東の人は暖かい。車中で話を聞いてくれました。

行き先が養護施設な為、運転手が子供いくつ?と聞きました。

8歳の男の子ですと答えました。

普通なのかもしれませんが、運転手さんは私が何らかの事情で子供を施設に預けている事を察してくれたのでしょう、声がとても優しくなった気がしました。

私達が何処から来たのか、今年の花火大会は震災の影響で例年より少ないとか、色々話をしてくれ、聞いてくれました。

施設に着きました。

聡真はお風呂で、別室に案内され、待ちました。

1ヶ月ぶりに会った聡真は、目に入る程前髪が伸びていました。

以前いた一時保護施設では、学校にも行けないし、髪を切ってさえくれない。

長期入所の為の施設でも、それはまだ叶わない。

施設は、子供を生かさず殺さずの生活をさせている事が解りました。

聡真が言っていたのです、地獄だと…。

沢山の子供達、年齢も幼児~高校生位と幅広く、全ての子供達に満足に物がある訳でもありません。

パジャマもある子とない子がいます。

聡真に必要な物が余り解らなく、パジャマを用意出来なかった。

担当の先生からも、詳しく聞かされませんでした。

…辛かった、そして、自分の不甲斐なさを憎みました。

食べ物と先日買った、茶色のアメカジ風のジャケットと長袖の車がプリントされた白のロンT、深いグリーンで裾がチェック模様のズボンを渡しました。

聡真はとても喜んでくれました。

今日から此方はとても寒くなると聞き、急いで用意しました。

洋服は、夫婦で選びました。

聡真と食事がしたかったので、一緒に食べました。

途中で聡真の好きなコーラを買いましたが、勿論施設でジュースなど飲めません。

久しぶりに飲んだと嬉しそうだったけど、お母さんにあげると。

過酷な状況で生きてきたのに、あの子は優しさを忘れていなかった。

それが、とても嬉しかった。

本当は全部飲みたかったかもしれないのに。

兄弟を作れなくて、一人っ子は寂しいだろうと、私は1つの物を聡真と分け合って食べてきました。

「皆で分けて食べると美味しいね」

そう教え続けた。本人は気付いてないかもしれないけど、分け合う事の大切さとその優しさが、当たり前に出来る子になってくれた。

聡真は勿論、私の財産でもあります。

そして新しい服を着てくれ、花火を見ました。

此処に来て見る、初めての花火でした。

何処で覚えたのか「たまや~♪」と言う聡真。

そしたら、聡真より1つ上の男の子がきました。

仲良しみたいです。

茨城の子供は逞しくて、明るい。

愛知から此所の花火見れる?と言って、聡真は米粒位なら見られると言っていました。

本当に微笑ましくて、笑って仕舞いました。

聡真と鬼ごっこやサッカーしたり、仲良しの男の子ともサッカーしました。

聡真に会いたがっていた旦那の為にも、花火と聡真を映した動画を撮りました。

聡真は旦那にメッセージを残しました。

聡真だって、お父さんに会いたい。

だけど、言わない。

淋しいと言わない。

私にさえ、言わない。

聡真が泣きついてきたのは、愛知にいる時の一度だけ。

「俺、幼稚園の時から苛められてるんだ…」

楽しい時間もあっという間、聡真の就寝時間になりました。

聡真の部屋に行き、ベッドで寝付かせます。

聡真は中々寝ようとしません。

頬っぺにキスしてくれたり、私もキスしたり、頭を撫でたりしながら話をしました。

本当はすぐ帰らないと、電車に乗れなくなる。

だけど帰りたくなかった、本当は。

ずっと聡真の側にいたかった。

此れも聡真の優しさでした、楽しかった、元気出た、今夜は良い夢見られる、おねしょしないで済む。と言いました。

泣きたかった、声をあげて。

だけど、一番泣きたいのは聡真だ。

そして、決めたんだ。

聡真を取り戻す迄、私は聡真の前で泣かないと。

あの子は、自分より人の事を心配する。

私が元気じゃなきゃ、聡真は安心出来ない。

聡真の部屋を後にして、一人泣きました。

どんな思いでお母さんと別れたのか。

此処にいる子供は、大小の差はあれど、傷を追っている。

だけど、支え合って生きている。

私達大人が忘れて仕舞った大切な事を、子供達はちゃんと解っている。

夜泣きしている小さな子を、高校生位の女の子が抱っこしてあやしていたのを見ました。

その時の彼女は、まるでお母さんのようでした。

夜泣きが酷かった聡真をあやしながら寝た日々、私もお母さんにああして欲しかったとか、色々重なりました。

旦那が頭を撫でてくれるのも、私が得られなかった愛情や隙間を、埋めようとしてくれているのかもしれません。

聡真や私が失ったもの、取り戻せない事は、沢山あるでしょう。

そして、私は子供達の為にも闘う。

何故犠牲になるのは、いつも子供なのか。

この長年の疑問も、私が生きている限り、答えを探す。

手始めに、施設の子達にお菓子を送ります。

買い食い出来る子ばかりではないし、聡真を見て一番は食べ物に飢えているだろうと思ったので。

大人ばかりが良い目を見る世界が当たり前なんて、私は絶対に赦さない。

聡真含めた施設の子供達に、力を貰いました。

本当に有難う。

私はかつての子供として、大人として、本当の意味で共に支え合える社会作りに一生を捧げます。

大人が責任を取れる、子供や力弱き人達の為にも、理不尽な事で苦しむ人が少なくなるよう、自分が出来る事を一生懸命やります。

だから、泣かないで。

悲しんでくれる人が必ずいる事を、知って下さい。

貴方達の苦しみや悲しみは、私が伝える。

だから、泣かないで…。