TOBE第7回 応募作品「ホモオルム」 | あべせつの投稿記録

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ホモ・オルム  

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『救世主現る』というニュースは瞬く間に地下帝国全域に伝播し、各州の代表者たちが緊急に首都テネブラエに集められた。


「ウンブラ様。救世主が見つかったというのは本当ですか」

十二名の代表者たちは首長のウンブラが現れると鼻息荒く詰め寄った。

「本当です。今日お集まりいただいたのは、そのことで至急皆さんのご意見を伺いたかったからです」

「ウンブラ様、救世主はどちらに。一刻も早くお会いしたいですわ」


一番年若いカエルムは、はやる心を抑えられぬのか、うわずる声で尋ねた。

「こちらです。皆さん、どうぞいらして下さい」

導かれた隣室に救世主はいた。生命維持装置につながれて眠っている。

「この方が救世主。ウンブラ様、触れてもよいですか」

「ええ、かまいませんよ」

色素のない、透き通るように白く細い触手が十二本、救世主の身体をいっせいにまさぐり始めた。


二十1世紀から始まった温暖化は留まるところを知らず加速し続けた。平均気温が五十度を超えたとき、陸地の七割が海に飲み込まれ、残った大地は灼熱地獄の砂漠へと姿を変えた。あらゆる生物が絶滅の危機に瀕す中、生き残ったわずかな人類たちは、すべてを焼き尽くす太陽光を避けるため洞窟や地下へと逃げ込み、そこで細々と命をつないだ。

それから長い長い時が過ぎた。何代も重ねるうち、人類は闇に適応した進化を遂げ、かつての姿を失っていった。


ぶよぶよと柔らかいアルビノのように白い肌、退化した目の代わりの発達した触手や触角、洞窟に生存している虫や小さな甲殻類を数年ごとにほんの少量食べれば生きていける代謝の低い身体構造、そうした特徴を受け、彼らは自分たちのことをホモ・オルム(ホライモリの人)と名付けていた。


ホモ・オルムは今、絶滅の危機に瀕していた。この数十年間、全く子供が産まれなくなっていたのだ。乏しい食料、限られた生活空間、血縁婚の繰り返しに、体質の変化。考えられる要素は幾つもあり、オルムとしての種の限界を誰もが感じていた。

新しい血が欲しい。生命力にあふれた太古の力が。

そうして探し出されたのが「救世主」であった。彼はクレバスの底、地下帝国につながるわずかに残された氷河の中で永遠の眠りについていた。


「これがホモサピエンス。皮膚が硬いわ」

「触角や触手はないのね」

「そのかわり目があるわ」

「こんな原始的な生き物が我々オルムの祖先だなんて信じられない」

皆、初めて触れる人間の男の身体に驚きを隠せずにいた。

「ウンブラ様、彼を覚醒させないのですか?」

「それなのです、私が皆さんにご相談したいのは」

ウンブラは皆に向き直った。


「今お触りいただいて、彼の容姿が我々とまるで異なるのがお分かりになられたと思います。彼を覚醒させた場合、私たちの姿を受け入れてくれるかどうか」

「それは無理でしょうね。私たちとて彼の姿はおぞましいのですから」

「そのおぞましい血をあなた方は胎内に受け入れることができますか。彼を覚醒させず、眠らせたまま『種』だけを採取することは可能です。でも産まれてくる子供はどのような姿になるかはわかりません。オルムに似るのか、先祖返りをするのか、はたまた新しい生命体が産み出されるのか。ここから先のオルムの未来を決めるのは選抜された皆さん、あなた方です」


辺りは重い沈黙で満たされた。

またもや若いカエルムが口火を切った。

「私はいやだわ。ホモサピエンスがこんなみにくい生き物だなんて知らなかったんですもの」

「わたしもいやです。よく考えてみればこの原人がかつての美しい地球の環境を破壊した張本人なのでしょう?その悪い血をまた、よみがえらせてはいけませんわ」

「われわれオルムの絶滅が避けられないのなら、それもまた仕方のないことではありませんか。わたしは高貴なままで死にたいですわ」


十二人の乙女たちは口々に嫌悪の言葉を発し、拒否の姿勢をあらわにし始めた。

 こうして救世主になりそこねた地球最後の男は、元居たクレバスへと投げ捨てられた。旧人類の犯したすべての罪を背負って。   完