鬼灯堂奇譚 魔月の巻 前篇 4 | あべせつの投稿記録

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翌朝、輝夜は早々に父の部屋に呼ばれた。

「輝夜、昨日はご苦労であったな。立派にお勤めを果たしたお前に、冴も喜んでいることだろう」


(あんな法事でお母さまが喜ばれるはずがないのに)

輝夜は内心そう思ったが、黙って玄夜の話を聞いていた。

「輝夜、他でもないのだが今日は茜を見舞ってやってくれないか。昨日の騒ぎで茜はお前が気分を害したのではないかと心配しているのだ。顔を見せて安心させてやってくれ」


父にうながされ輝夜はしぶしぶ茜の見舞いに部屋へと行った。茜は昨夜より冴の部屋を陣取って伏せっていた。それも輝夜を不快にさせる一因であった。

「あら、輝夜様。茜様、輝夜様がいらっしゃいましたわ」

ちょうど部屋から出てきた瑠璃が、輝夜を見つけると障子越しに茜に声をかけた。

瑠璃も昨日より輝夜の元を離れ、茜付きの侍女となっていた。


(茜はわたしから何もかもを奪っていくのだな)

 輝夜の不満を知らずか、茜の明るい声が呼びかけてきた。

「まあ輝夜さまが、うれしい。どうぞお入りくださいませ」

輝夜が入ると、布団の上で半身起こそうとしていた茜の姿が目に入った。

「まあ茜さま、そのようにご無理をなさいましては」

瑠璃があわてて茜を支えて座らせた。


「輝夜さま、わざわざのお越しありがとうございます」

正妻を侍女部屋に居させるわけにはいかないと昨夜急ぎ部屋替えをしたせいか、調度の類はまだ母のいた時のままであった。そこに寝ているのが母と茜のちがいというだけだ。

輝夜は伏せっていた時の母の姿と茜が重なり、なんとも言えぬ思いがした。

「お加減はいかがでございますか 」

「まあ輝夜様、お気遣いありがとうございます。もう今日はだいぶよろしゅうございますのよ」

にっこり微笑んだ茜の顔は、むかし輝夜が姉と慕った頃と同じ、優しく暖かい笑顔をしていた。


宝月家では蝋燭師を志す若い一族の者を住み込みで修行させていたため、その世話係として侍女たちもたくさん雇っていた。格式高い宝月家で仕込まれると高い教養や行儀作法が給金をもらいながら身につくと、近隣から若い娘たちがこぞって勤めに来たがっていた。実際、宝月に三年いたという経歴があれば、良家からの縁談が降るように来たのであった。


その若い侍女たちに家事を仕込むのは古参の侍女たちであったが、茶道や華道、歌詠みなどを教育していたのが、亡き母・冴であった。茜もそうした一人で近郊の街より宝月に奉公に来ていた娘であった。


生前母は茜を素直で気立てがよいと大層目をかけ、自分付きの侍女としてそばにおいて可愛がっていた。十歳ほど年上のこの侍女を輝夜は姉のように慕い、幼い頃は茜、茜と付いて回っていたほどだった。まさかその侍女が自らの義母になり、実母と自分から何もかもを奪おうとは思いもしないことであった。嫌悪と思慕、容認と反発がない交ぜになった複雑な思いが幼い輝夜を混乱させていた。


つづく