鬼灯堂奇譚 3 | あべせつの投稿記録

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〈十五夜 夜半過ぎ 洋子宅〉


自宅に着くとそっと玄関のドアを開けた。

「洋子さん、洋子さんなの」

 姑の幸代のいらだつ声がした。

「はい、お義母さん、ただ今」


奥の間へ急ぐと、姑の幸代はベッドの上に起き上がって、こちらを険しい顔で見ていた。

「洋子さん、遅いじゃないの。私が待っていること、わかってるんでしょ」

「はい、お義母さん、これでも急いで」

「嘘おっしゃい。たかだか駅前のコンビニに行くぐらいで、こんなに遅くなるはずないじゃないの。ここぞとばかり、羽目を外してきたんでしょ」

「いえ、お義母さん、そんなことは」

「だいたい私がミルクを飲まないと眠れないことは知ってるでしょ。どうしてそれを切らすのよ。私のことを思いやってくれていたら、買い忘れるなんてことないはずだわ」

「でもお義母さん、今日はお義母さんが家にいなさいとおっしゃったので買い物には行けなくて」

「まあ、私のせいだと言うの。今日は私も具合が悪かったから、家にいてくれと頼んだんじゃないの。常日頃から余分に買い置きをしていれば済む話でしょ。そんなふうに気がきかないから、武史だって」

「お義母さん」

「まあ、いいわ。眠れないのよ。そのミルクを温めてちょうだい。買ってきたばかりの冷たいままじゃいやよ。それから少し蜂蜜もいれてちょうだい」

「はい、お義母さん」

 

 洋子は台所へ行くと小鍋を取出し、ミルクに少量の蜂蜜を落として弱火にかけた。そうしておいてから、先ほど渡されたろうそくを手に取り改めて見た。錨型の白い和ろうそくに美しい銀華の模様が描かれている。鼻を近づけるとかすかに甘いハーブのような香りがするが、これが毒なのだろうか。それとも何かの呪術なのか。あの輝夜という男は何も教えてはくれなかったが、適当なごまかしを言っているようには思えなかった。これを次の満月の夜まで灯し続ければ、お義母さんはきっと。

 

 温め過ぎたミルクが小鍋からあふれだし、洋子は我に返った。

急いで引出をかき回してライターと燭台を探すと、それらを銀盆に乗せて幸代の元に戻った。

「お義母さん、はいミルクです」

幸代は無言で受け取ると、口をつけギャッとうめいた。

「まあ、洋子さん、熱いじゃないの。沸かし過ぎなのよ。あなたはミルク一つまともに温めることも出来ないのね。いったいご両親はどんなしつけをされたのかしら」

「すみません」


(また、いやみのオンパレードだわ。でも、それももう少しの辛抱)

内心の嫌悪感を顔に出さぬよう気を付けながら、洋子はベッドのサイドテーブルの上に燭台を置き、ろうそくに火を点けた。

「あら、何をしているの」

「お義母さんが眠れないとおっしゃるので、これを買ってきました。よく眠れる薬効入りのアロマキャンドルなんですよ」

「枕もとで、そんなろうそくを立てるなんて危ないじゃないの。私が寝込んでいる間に火事にでもなったらどうするつもりなの。それとも、それがお望みなのかしらね」

「まあ、お義母さん」

 

 本音を見抜かれたかとそれ以上答えることが出来ず、洋子はろうそくを引き上げるべきか悩んだ。

その時、ろうそくが大きく揺らぎ、心地よい香りをあたりに放った。

「ふうん、でもまあ、たしかに良い香りだわ。洋子さん、私が眠ったら必ずそれを消してちょうだいよ」

「はい、必ず見に来ます」

 洋子は幸代の部屋から出ると、体の力がいっぺんに抜けたようになり廊下にへたり込みそうになった。


十五夜 同刻・鬼灯堂〉


「洋子さん、だいぶ混乱してはるわ。言うてはることが支離滅裂やんか。そうとう頭にきてはるんやね。でもさあ、ひどい話と思わへん?」

 洋子を見送ると、憤慨した青炎こと青井加代が作業場の前に仁王立ちになりながら輝夜にまくし立てはじめた。

「嫁を奴隷か何かだと思ってるんやろか。自分が寝たきりになったからって、洋子さんまで家にしばり付けるのっておかしくない? 買い物以外の外出はダメで、あとは一日中、お姑さんの世話をしろだなんて、そりゃ酷な話やわ」

 

 輝夜は黙って、絵付けをしながら加代の話に耳を傾けている。

「それに旦那も旦那だよね。洋子さんに厄介ごとを全部押しつけといて、自分は他に女つくって家に帰れへんなんて有りえへんわ。でもさあ、洋子さんはご亭主のことが本当に好きなんだね。お義母さんさえいなくなればって言う気持ち、なんかわかるわ。そやけど輝さん、あのろうそくで、ほんまにお姑さんはコロッと?」

 

 なかなかおしゃべりの止まない加代をちらりと輝夜は見上げた。

「加代さん、もうとっくに零時も過ぎた。祐太が目を覚ましでもしたら寂しがるぞ。早く帰ってあげなさい」

「いやあ、ほんまや。はよ帰らな。明日も祐太のお弁当作ったらなあかんねん。ほんなら輝さん。今日はありがとう。またねえ」

加代はそそくさと、自宅へ急いだ。


つづく