課題『ポケット×浮気』 原稿用紙5枚規定
『ポケット』 あべせつ
女房のヒステリックなののしり声に背中を射られながら俺は逃げるように玄関を出た。
ほとぼりが冷めるまで駅前の居酒屋で時間をつぶすとするか。そう考えたものの開店時間にはまだ早い。遠回りしながらぶらぶら歩いていると、児童公園の横に古着屋があるのが目に入った。
「こんなとこに古着屋なんかあったんだ」
俺は店の軒先に吊してあるツイードのジャケットに妙に心魅かれて、手に取ってみた。革製のふたのついたポケットが両サイドについていて、生地も仕立てもよく、実におしゃれだ。
店内で試着すると、あつらえたようにピッタリだった。値段は少々張ったが、どうにか手持ちの金で事足りた。自分のために買い物するなんて、何年ぶりだろう。
しかしもう飲みに行く金はない。となりのコンビニで煙草とライターと缶ビールを買うと、公園のベンチに腰かけた。まずはビールを飲もうと煙草とライターをジャケットのポケットに入れた。と、何か生暖かいものが手に触れる。つかみ出してみると、十センチにも満たない素っ裸の女の人形であった。
「なんだ?人形?」
「人形じゃないわよ。アリスっていうの」
なんと驚いたことに、そいつは口をきいた。
「よ、妖精とか、天使とか、な、なんかそんなやつか?」
「さあ、どうかしら」
アリスと名乗るそいつを良く見ると、女性らしい見事なプロポーションをしている。
しかし、いかんせんその御面相が・・・・。
「妖精にしちゃあ、不細工だよな」
「まあ、失礼しちゃうわ。幸運の女神かもしれないわよ」
「幸運の女神だって?」
ともかくも、害のあるやつではないらしい。
どのみち時間はたっぷりある。話しているうちにアリスは気のいい女で頭も悪くないことがわかってきた。俺はアリスを気に入った。
一か月が過ぎた。相変わらず女房とは冷戦状態だったが、ポケットにいつもアリスがいてくれるので、まったく孤独を感じずに済んでいた。いや、むしろアリスの優しいなぐさめや、いたわりの言葉に励まされ、生き生きと暮らせていたぐらいであった。俺は精神的には満たされていた。精神的には・・・・。
「おまえが人間だったらなあ」
「あら、人間になれるわよ」
「な、なんだって?」
「誰かの遺体を、このポケットに入れてくれればいいの。そしたらわたしの魂がその遺体に乗り移って人間になれるというわけ」
俺は考えた。女房を殺せばいいのじゃないかと。家事はしない、働きもしない、金遣いが荒く、俺には雀の涙ほどのこずかいをくれるだけで、あとは全部自分のために使ってお
きながら、稼ぎが悪いとせめたてる鬼嫁。
それでも俺が別れなかったのは、ひとえにその美貌のせいであった。
「あんたみたいな冴えない男と結婚してあげたんだから、せいぜい贅沢させてもらわなきゃね。それができないんなら、いつでも別れてあげるわ」
いつもそう脅されたが、仰せごもっともだと思い、ひたすら耐えてきた。それが、あの美貌とアリスの気立てがそろった理想的な女を手に入れることができるのだ!
とはいえ、ことは殺人。いざとなると、なかなか手をくだすことはできなかった。
早朝。枕もとで何やらごそごそと音がして目が覚めた。ふと見ると女房がかもいに掛けたジャケットのポケットをまさぐっていた。
「何をしてるんだ!」
「あんた、最近様子がおかしいから。浮気でもしてるんじゃないかと思ってね」
見つかる!俺は無我夢中で女房をつきとばした。ふいを突かれた女房は吹っ飛び、机の角に頭をぶつけて、そのまま動かなくなってしまった。あわてて脈を取るが絶命したようだ。
「早く早く。その人をここに入れて」
アリスがさけんだ。
俺はかもいからジャケットを外すと、ポケットに女房をねじこんだ。
三か月後。アリスは人間になると、すぐに浮気を始めた。なにせあの美貌だ。ちょっと粉をまけばいくらでも男が寄ってくる。不細工だったアリスには、それが事のほか快感らしい。こんなことなら死んだ女房のほうがまだましだった。たしかにひどい女だったが浮気まではしなかった。もうじきアリスは俺を捨てて金持ちの男のところに行くだろう。
そうなる前に・・・・。
俺はまた足しげく古着屋に通ってポケットをさがしている。
完