虎の穴 第30回『吾輩は公募ガイドである』 | あべせつの投稿記録

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第30回課題

「吾輩は○○である」(人間以外のものが主人公の小説)

『吾輩は公募ガイドである』 あべせつ


吾輩は公募ガイド。昨日、産まれたばかりである。印刷所を出たときは、何百冊もの仲間たちと共にトラックの荷台で揺られていたのであるが、十冊、二十冊と順番に降ろされて行き、とうとう吾輩だけが最後にとり残されてしまった。

 

揺られ揺られて数時間。ようやく小さな町にたどり着くと、地方でよく見る「何でも屋」の店先で降ろされた。配送屋から受け取った白髪頭の店主は、吾輩を店先には並べず、なぜかカウンターの中へと入れてしまった。


(おいおい、こんな所にしまっちゃ、売れないじゃないか)吾輩は少しあせった。

 しかし、しばらくすると店にうら若き女性が現れた。

 

『おや、みっちゃん。頼まれた雑誌、入ってるよ』


店主はそういうと、吾輩をカウンターの奥から引っ張り出してきた。


『ああ、うれしい。今日が発売日だから、待ちかねて早速来ちゃったのよ』


みっちゃんと呼ばれた女性は、飛び上がらんばかりに喜んで吾輩を受け取ると、急いでお金を払い、その場で立ったままページを開いた。


そして、お目当てのページを食い入るように見つめると、

『ああ、またダメだったわ』と言った。

今度は先ほどの「ああ」とは違って、落胆にあふれた「ああ」であった。

 

『まあ、また次があるじゃないか。頑張りなよ』店主はなぐさめ顔で、そう言った。

 

『うん、おじさん。ありがとう。来月分も取り寄せよろしくね』

 

みっちゃんは、吾輩を小脇に抱えて、家路についた。

 家に帰ると、みっちゃんは吾輩を勉強机の上に置き、「よしっ」と気合を入れるとページを開いて丹念に読み始めた。

妙齢のご婦人に、こんなにマジマジと見つめられて吾輩は少し照れ臭かった。


しかし、そんな甘い思いもつかの間。

みっちゃんは、ペン立てから蛍光ペンを取りだすと吾輩の体のあちこちに丸やら線やらを書き込み始めた。


(うわっ!くすぐったい!)

どうやら、みっちゃんは次に投稿する作品の募集要項に印をつけて行っているようである。

 その数、十数個。


(こんなに、たくさん作品が書けるのかい?)

吾輩は少々、心配になってしまった。

どんなところに印をつけているのか中味を見てみると、推理小説から童話、エッセイ、川柳から短歌、詩に至るまで一通りのジャンルを全部投稿するつもりであるらしい。

 

吾輩のそんな心配が通じたのか、みっちゃんが

『自分にどんな才能がわからないもの。なんでも挑戦してみなくっちゃ』と独りごちた。


(そうだったのか。よっしゃ!吾輩も応援するぜ!)


それからの吾輩は、みっちゃんと二人三脚で頑張った。

みっちゃんが行くところには、どこにでも付いて行き、みっちゃんが探しているページは、自分からすぐさま開くようにしてお手伝いをしてあげた。


みっちゃんはそれから毎日、いっしょうけんめい頑張っていた。吾輩はそんな、みっちゃんに恋をした。

一か月が経った。

ピカピカのツルツルで手の切れそうだった吾輩の体も汚れて折り目だら

けで、よれよれになっていた。

しかし、それだけみっちゃんの役に立ってるんだと吾輩は満足だった。


次の発売日。みっちゃんは、またあの「何でも屋」に行き、生まれたての新しい仲間を手に取った。

そして吾輩の時のように、わくわくしながらページを開いた。

とたんに、みっちゃんの二つのつぶらな瞳から大粒の涙があふれ出した。


『わたしの名前が載ってるわ!

最優秀賞を取ったのよ!』


『そりゃあ、すごい』

何でも屋の店主も大喜びであった。


みっちゃんは大事そうに、その真新しい新入りを鞄に入れると、ふと吾輩の存在に気が付いた。


『おじさん、これ重くなるから捨てといてくれる?』


『ああ、いいよ』

 (さよなら。みっちゃん。幸せになるんだぜ)


くずかごに捨てられる瞬間、去っていくみっちゃんの背中に吾輩はつぶやいた。 完