絹弦の古琴 -6ページ目

絹弦の古琴

日本で古琴を習ってます

琴曲「龍朔操」は

前漢の「昭君出塞」の出来事を

題材としている。

漢元帝竟寧元年(紀元前33年)、

元帝は、匈奴の首領・呼韓邪単于が

漢室との婚姻を求める使者を

送ってきたため、

後宮の妃や女官の中から

嫁ぐ者を探させた。

 

このとき、17歳で宮廷に入り、

5年間皇帝の前に出ることが

かなわなかった宮女王昭君が

自ら望んで赴くと名乗り出る。

着飾った王昭君が

元帝と匈奴の使者の前に出たとき、

人々は後宮一と言えるその美貌に

気づき驚いたが、

元帝はすでに取り結んだ

約束をたがえることができず、

遠く匈奴へと嫁がせるほかなかった。

 

これは漢末蔡邕

「琴操」に書いた物語で、

昭君が自らの意思で嫁いだとしている。

しかし晋代の小説「西京雑記」から、

数多くの文芸作品の大半が、

彼女が自らの容姿を頼みとして

絵師に賄賂を贈らなかった、とした。

絵師・毛延寿は昭君を

わざと醜く描き、

絵を見て相手を選んだ元帝は

長いこと彼女に会うことがなく、

匈奴の単于の元へ

彼女を送ることになったというものだ。

 

これらの作品で王昭君は、

遠く嫁がされる悲劇の人物となり、

封建社会の女性の悲惨な運命を

表現している。

その後、少なからぬ詩人、画家、

音楽家が相次いでこれを題材とし、

とりあげる人が多くなるにつれ、

俗な話に変化していった。

 

「龍朔操」の琴譜の

解題(題名解説)や

小標題(段落ごとの題)は

過去の文芸作品と悲哀の基調が一緒で

解題では「掩面零涕,含恨北去」、

小標題では「别涙雙垂,無言自痛」

などとなっている。

 

しかし琴曲の実際の趣は、

解題や小標題が示すものと

かなり開きがある。

その音楽は意外にも優美ですがすがしい!

我々の前に現れるのは、

悲しく切ない弱い女性ではなく、

歌や踊りにたけていて、

いきいきと輝く美しい人物像だ。

曲の初めと終わりのみが

比較的深く静かで、

懐かしみ想い返す感情、

一抹の悲しみを表している。

「佳人薄命」のたぐいの

ありきたりを抜けだし、

あきらかに「琴操」の、青春を後宮に

葬り去ることを望まず、

進んで遠く嫁ぐことを選んだ昭君の姿に近い。

これは同様の題材をとった

我が国の過去数多くの文芸作品では

実に珍しい。特にこの琴曲は

比較的高い芸術性があり、

私たちが重きをおいて

深く研究するのに値している。

〈成公亮・古琴曲『龍朔操』研究より〉

 

※つたない語学で訳し

理解しているため、今後改訂する

かもしれません