アメーバブログで「アメブロ削除」について書いてもいいのか、多少迷いますが、書きます。

この数ヶ月でアメーバブログのIDが削除される人が多発しているそうです。

正直、アメブロが公式に原因を公開しているわけではないので明確な理由は分かりませんが、ある日突然ログインが出来なくなり「既に退会しています」というようなアナウンスが出て、ブログが消えている、とのこと。

明確な理由、頻度などがハッキリしないところで、もしかしてこのブログにも危険要素が含まれているかもしれませんが、どうも記事内容に「煽り」の表現アフィリエイトばかりのブログペタツールの利用広告を意図的に消している、というのが例として挙がっています。

アメブロをビジネス仕様で利用している人は多いと思います。
わたくしの著書でもアメブロは紹介しています。

日記や自分の立場から言えるしっかりとした内容であれば、ほぼ問題はないでしょう。
ただ、今後は余りにも自分のビジネスを全面にアピールして煽るような投稿は好ましくないかもしれません。
例えば、直接何かを販売したり、金銭が伴うことの申し込みなど。

元々、アメブロはSNSの要素も持つ、割と“温かいコミュニティーブログ”でした。
ですから、他のブログよりも仲間意識のような形で繋がれて、アクセス数が多いブログだったのです。

ブログはただ開設しても、最初はほぼアクセスを望めません。
すると、だんだん更新する意味を感じなくなってしまって、続かないものです。

そういった中で、アメブロは更新するだけでも結構人が見てくれる、そんな貴重な場だったのです。

それが、段々と“その手のプロ”に知れ渡り、ノウハウが出ちゃったりして、一気に今はアメブロだ~!!!となった時期がありました。そうなると、やはりルールを無視した使い方をしてしまう人がいます。

いわゆる“場が荒れる”状態に。


以前の記事「ツイッターの●●に物申す 」とも共通点がありますが、元々あった場をある種の方々が多く蔓延ってしまって、今までいた人たちがいなくなる。それって、その人達にとっても本末転倒なんですよ。多分。

そういうのは、見たくないなら辞めちゃえよと言われれば、そうなんでしょうが、単純に“量”の問題、“「場」全体”での話です。

私も元々はアフィリエイトについてどっぷり漬かった人間ですし、業界人として(っていうほど業界人だとは思っていないが)、ある意味責任があるんですよ。そういったリスクのある情報を無責任にアナウンスしてはならない。ちゃんとしてはいけないことも伝えなけらばならない。ということ。


さて、長くなってきましたが、では、これからアメブロをしたい人とか、見直しをしようと思っている人はどうすればいいか、という話ですが、アメブロはやはり“自分の存在を知ってもらう、血の通った場所”にするべきですね。ツールの使用も辞めましょう。
日記なんて書いていても・・・という時もありましたが、Facebookなど“個”のコミュニケーションが重視されている今、日記で良いのです。

広告やアフィリエイトなんかは、自分という存在を知ってもらって信用してもらった後に別のメディアでする。
そういう意味ではアメブロを使うなら、いざという時に備えてサブブログを準備して、使い分けする方がいいかもしれませんね。

また、私自身もそうなんですが、見直しの人は過去の記事のメンテナンスをしましょう。
その時々で無意識に悪気もなくしてしまっていることもあるんで、そういうのは書き直すか削除。


まぁ、どんなこともそうなんですが

やり過ぎはキケン

ってことです。しかも、機械的に。


では!




先日、これから起業をしたいという新潟の女性達の前で話す機会がありました。
久しぶりの公の場ですが、与えているようで、与えられていることが多々があります。

そうして、ちょっと前までは強く思っていながらも忘れた振りをしていた物事について、初心に返ったように思い出すことになって、“自分のブレ”のようなものを矯正するきっかけを与えられるのです。

起業するとかしないとか、そういうことに関わらず、“自分は何のために生きているのか”“何のために仕事をしているのか”そういうことを考えることって誰しもあると思います。

仕事をしている限り、売上とか利益とか儲けとか・・・お金についてを意識せずにはいられないのですが、もっと精神的な“やりがい”みたいなもの。数字だけではなく、いや、それにつながるために動ける原動力のようなものです。

そんなことを考えて、自分の原点のようなものを振り返ってみたら、実はそれほど大それたものはなく、細かいきっかけなようなものが積もって今があるようです。


私が自分で何がしたいのか、見つけられず、そして会社選びについても“やりがい”で選ぶのか、それとは別に環境で選ぶのか決めかねていて、巡り巡って適正やら夢とか希望とかどうなりたいとか、全て全てゼロになっていた頃。

結局は家庭の事情なんかもあり、社員として働くことを選択し、当時勤めていた派遣の仕事を辞めることにして、最後の出勤の日。

パソコンに比較的詳しい(ことになっていた)私は、小さな事務所の営業さんに操作などを尋ねられて。
日中は営業に出ているので、あまり話すことのないその方に、「阿部さんは人に何か教える人になったらいいよ」と言われたのです。

そういえば、大学を選ぶときも、母が「あなたは教師になったら?」とも言われていました。
ただ、本人はピンと来ず、教養も足らずでその道は選ばなかったけれど、今となっては何となく点と点が線で結ばれたような気がしています。

今現在、こうやって招いていただいて、人の前でスピーカーをする機会を与えられていたり、メールなんかでサポート的なことをして“人に何かを教えること”は日々、何気なくしているのですが、その他にもっと分かりやすいスクール的な事業はしていません。

ただ、だいぶ昔に言われた何気ない一言たちが、なんとなくモヤモヤと体の中に残っていて、第三者から見える自分の適性というのが、次へのきっかけになるような気がしています。

誰の為に何がしたいのか、何ができるのか。
自分は何を求められているのか。

自分の中だけではなく、他の人から言われたことなんかをつなぎ合わせてみると、自分の存在する意味のようなものや、これからがんばる指標みたいなものが見えてくるかもしれません。

ブログのデザインを変えたいな~。変えてから更新しよう~~なんてことを考えながら
なかなか着手できずに、結局待ち切れずに先にとりあえず記事だけ更新することにします。

起業してから振り返るともう6年も経ちます。
のほほんと自分なりに自由に楽しく、分からないことは分からないことなりにやってきました。

でも、去年今年、身内事で色々ありまして、
今まで感じたことのない仕事に対しての難しさを経験しましたので
振り返りながら、自分への忘備録としても書きます。


去年から父の入院や手術、祖母が他界・・・と良くないことが続き、
仕事以外で時間や感情をすり減らすことが多くありました。

こういうとき、独立している私は時間的に調整しやすく、
こういう時にも耐えられる、動ける仕事の仕方を目指した、独立したきっかけでもあるので、
自分としてはやれることはやれたし、仕事の仕方としては目的を果たせたような気がします。

でも、手間取ったのは時間とかそういうのではなく、“自分の感情のバランスを取ること”でした。

去年、震災で心を痛め、頑張れと言われても頑張れない、そんな気持ちに襲われた方はたくさんいると思います。比べものにはならないかもしれませんが、大切な人を失ったり、失うかもしれない怖さ、がんばっても報われない対外的な要素・・・、そういうものが自分を覆う感情を体験しました。

そうすると、何が困るかって仕事に向かうベクトルを失うんです。
感情が仕事モードに切り替えられないんですね。

“自分の敵は自分”とはよく言いますが、自分の敵は自分の感情、であることを知りました。

というのは、仕事モードに切り変わらないから、どうも苦心を引きづって自分のケアに時間を割く。
すると、予定していた仕事が進まないんです。

個人で仕事をしていると誰かにこれをやりなさい、ってお尻を叩かれるわけではないから、
水が低い方向へ自然と向かうように、意識しなければ自分の感情に流れていって
ボーーッと何もしなくても時間が経っていく。
そういう時間もたまには必要でしょうが、どこかで自分の主導権をちゃんと握っておかないと
動くきっかけを失ったままになって、容易に時間は経っていきます。

そんな数日を過ごして思ったことは、個人事業主は、独立している人は、経営者は・・・とにかく一人で仕事をしている人っていうのは、悲しい、嬉しい、憎い、寂しい・・・楽しい、嬉しい・・・それが日常生活で起こった感情であっても、あらゆる感情の矛先を“仕事”に向けなければならない、ということ。

じゃないと、止まってしまう。

幸せに過ごしているときはいいんです。
でも、思いもよらない対外的な事態が起こったとき、どう仕事に向き合うのか。

そういうことを経験したような気がします。

独立している人に有給休暇はありません。自分との戦いです。自分の感情との戦い。


だから、
例えばもっと身近で好きな人を失ったとか、そういうことでも仕事は待ってくれないし、
泣いて過ごしていても自分の首を絞めるばかり。

独立している人にどんな力が必要か、といえば、自分の感情を操れる人、全てのベクトルを仕事に向ける力、なんじゃないかな?と最近感じています。

どんな感情も仕事への原動力としなければならない。

あなたがいつか辛いことが起こったとき、そして手が止まった時に、お役に立てたら幸いです。