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天竜寺の庭について考えてみよう(13)

天龍寺、西芳寺両庭園の持つ特色は、林泉庭でありながら、

その構成と形態の表現は禅宗の思想を基盤としているが、

両庭園ともに、その昔は、美しく桜その他の花木が植えられ、

美しく手入れされた庭木で修景されていた。


それはあたかも、北宋画の山水画が、破墨山水と称される、

墨一色の濃淡で表現される以前において、

同じ墨画でありながら、淡彩をほどこした、

周文、雪舟の山水画にみられる詩的な画趣と、

同じ趣であったと思われる


叢書 禅と日本文化5 『禅と建築・庭園』   日本庭園 中根金作著より

天龍寺の庭について考えてみよう(12)

作庭は自然の風景を写し、山を築き、石を組み、水を流し、

池水をたたえ、樹を植えるのであるから、

自然と最も密接な関係をもつ。


したがって、庭園が禅宗の思想の自然観に最も強く影響され、

特殊な構成と表現に発達することは当然であった。


禅僧の社会では、当時ににおいては、庭園はだた鑑賞するのみのためではなく、

御仏を招来し、仏世界を意味した。


そして庭園は若い修行僧には、庭を鑑賞すること、

庭に接することが即ち御仏に奉仕する、

修行の場とされたのである。


叢書 禅と日本文化5 『禅と建築・庭園』   日本庭園 中根金作著より

天竜寺の庭について考えてみよう(11)

この時代には作庭に影響を与えたものにいま一つ盆石がある。


盆石とは今日でいう盆景、盆栽のことであるが、

盆石も作庭と同様に仏教の影響を受けることが大であった。


…中省略…


盆石はすでに鎌倉時代から一般に行われていたのであるが、

室町時代にはその技術は特に発達した。


そして特に僧侶の間で盛んに造られ、愛好されたのは、

盆石が狭い一枚の盆の中に、

奇石に添えて種々の草木を千年の樹齢を保ったごとき姿に育てて植え、

大自然の景を写し、一盆の中に宇宙世界を具象、表現したところにある


この盆石は、禅宗の思想と通じ、

むしろ禅宗の自然観、世界観が一盆の中に表現されたといってよい。


このような思想によって禅僧の間に発達した盆石は、

当然庭園の創作の上にも影響した、

小庭園の発達をうながし、石庭となり、

枯山水の庭となっていったのである。


叢書 禅と日本文化5 『禅と建築・庭園』   日本庭園 中根金作著より

天龍寺の庭について考えてみよう(10)

秋冬山水図(冬) 雪舟筆


国宝 紙本墨画 二幅 各46.3×29.3cm


東京国立博物館蔵


雪舟

天龍寺の庭について考えてみよう(9)

禅宗の思想は他の宗教と異なって、

「即心即仏」とか「心外無仏」とかいって、

悟道に達した人間自身が仏なのであって、

自己以外に他者的、超越的に仏があるのではない。


いわゆる諸仏よりも、悟った人間が真の仏であったのである。


このような禅宗の自然観、世界観が社会に影響すると、

いろいろな芸術、芸能の創作や鑑賞の理念に変化を与えてくる。


…中省略…


作庭においても、室町時代のかような禅宗の思想が強く影響して、

抽象的構成と表現をもつ特殊な庭園が生まれるに至ったのである。


いわゆる禅の悟りの境地を芸境とした超越的な無の境地を

庭園に表現してくるのである。


禅僧の唱える言葉の中に「残山剰水」ということがある。


これは端的にいい表わせば、

あまりの山、あまりの水ということで、

残山と剰水を組み合わせて一つのまとまった形体を作るという意味である。


残山剰水という言葉は山水画について言われたことである。

北宋の初めに、山水を説明するに、

高遠、深遠、平遠の三つに分かっている。


(以下、勝手な書き下し文)


山には三遠がある。


あなたが山の下から山の頂上を仰ぎみること=高遠


あなたが山の手前から山の後側の様子を伺うこと=深遠


あなたが近くの山から遠くの山を望むこと=平遠


(書き下し文おわり)


高、深、平の三遠を巧みに組み合わせるところに絵画の妙味がある。


…中省略…


遠近を計り、諸種の景色を集めて画いたもので、

この画法は雪舟の絵に多く見られるところである。


…中省略…


日本において禅僧の中で残山剰水の詩を作ることは早く行われた。


夢窓国師が後醍醐天皇のために偈を唱した中に、

「一庵甘分ト残山。」とみえ、

また、『夢窓国師語録』に、清拙和尚の偈の中に

「剰水残山是郷」の句を用いて詩作している。


石や樹木を配置して、

海や山や川の景色を組み合わせて、

一つの風景を写して作るのが作庭である。


絵画とともに作庭の上にも残山剰水の考えが影響されたのは当然であった


幾つかの小景を寄せ合わせて、全体をまとめて、

一つの景色とし、狭小なる庭園に大自然の景色を縮尺して、

表現する作庭が、室町時代に発達する。


小庭の発達は禅宗の思想の影響の結果であった。


叢書 禅と日本文化5 『禅と建築・庭園』より    日本庭園 中根金作著

天龍寺の庭について考えてみよう(8)

天龍寺庭園の文化財(名勝)としての指定区域は、

仏殿、法堂、池、山門、総門を一直線上におく典型的な禅宗伽藍配置の地割と、

方丈の裏あ(西)側の林泉庭園の二つからなる。


開山夢窓国師(疎石)が貞和二年(1346)に選んだ天龍寺十境によると、

林泉庭園は嵐山・亀山・大堰川一帯の自然風景をとり込み、

亀山中腹の竜門亭より頂上の亀頂塔に上がれば、視界が開けて、

法界眼前にあらわれるという疎石独特の構想を示していた。


…中省略…


疎石の作庭の特徴の一つに、

残山剰水」という考え方をとりいれたことがあげられる。


これは宋の山水画論にいわれた言葉であり、

文字通り残されたり余ったりしたような自然の中の小さい景色を指し、

自然の広大な風景をそのもも写すのではなく、

小さな景色を組み合わせて一つの景色をつくる手法のことであるとされる。


自然の景色は、写しても写してもそれ全体を写しきることは不可能であり、

かならず写しきれない「残り」がある。

したがって、自然全体ではなく、

その一部について本質をとらえきり表現することによって、

その背景にある無限の自然を表現しようとしたのであった。


平安時代以来の池庭は、海洋風景をモチーフとしたものであり、

これをそのまま遠望したようないわゆる「縮景」として造形された。


ここでは『作庭記』でいうところの

「乞はんにしたがう」すなわち、

自然の造形、たとえば石ならば、

自然の石がかくありたいと要求するところをくみとって

石を据えることが大切であるとされていた。


しかし、疎石は石に自身の心を移して石組みを構成した。

いわば心象風景の表現であった。


このような考え方は、いわゆる中世以降の

「枯山水」が成立する背景となったものと思われる。


『庭園史をあるく』日本・ヨーロッパ編  武居二郎・尼崎博正監修 より

天龍寺の庭について考えてみよう(7)

或いは山川大地、 草木瓦石、皆これ自己の本分なりと信ずる人、

一旦山水を愛することは、世情に似たれども、

やがてその世情を道心として、泉石草木の四気にかかわる気色を、工夫する人あり。


もしもよくかようならば、道人の山水を愛する模様としるぬべし。


然らば則ち、山水を好むは、定めて悪事ともいふべからず。


定めて善事とも申し難し。


山水には得失なし。


得失は人の心にあり。


夢窓国師 『夢中問答』より


四気…四時の気。すなわち春温、夏熱、秋涼、冬寒(生・長・収・蔵)の総称。

天竜寺の庭について考えてみよう(6)

夢窓疎石(1275-1351)伊勢(三重県)の地に生まれる。


永仁2年(1294)、京都建仁寺に赴き無隠円範に指示し、

来朝僧、一山一寧に参禅する(30歳)。


穏やかな臨在禅をつくりあげた。


一所不在の山居生活。


作庭術を身につけ、禅門の石庭の創始者。


在世中に3度、寂後に4度、国師号をうける。


前田先生のメモより

天竜寺の庭について考えてみよう(5)

後醍醐天皇の菩提寺庭園


暦応2年(1339)に後嵯峨上皇の亀山離宮の跡に、足利尊氏が、後醍醐天皇の冥福を祈り、

寺を造顕するために貿易船(天龍寺船)を仕立てたことでも有名なのがこの寺である。


その庭園は、一部亀山院の旧池を利用し、方丈の広縁の西正面に展開する水面を曹源池呼ぶが、

この池の周辺が重要部分となっている。


方丈から見て景観のほとんど中央部に滝口を構えていて、かつて滝口が伝い落ちていたらしい

勇健な石組みがみられる。


滝の水は現在はとだえているが、背後の竹藪の中に湧泉が存在したことが確認できる


そこからの水が元は充分に給水の役を果たしていたものらしい。


作者は夢窓国師で、その湧泉付近から出土した石に「曹源一滴泉」の文字があったことから

曹源池の名称が生じたのであろう。


普通の滝は細流を経て池に送り込まれるのであるが、

ここでは滝口が池岸に近いので、直接に池面に落水して来る。


そこには中央部を台石でつないだ程よい厚さの自然風な二枚の板石による

みごとな石橋がかかっている。


さらにその滝水が池に注ぎ込むあたりに、

荒磯風の立石群があり、その中央部には尖頂の主石の姿がまことにすっきりとしている。


日本史小百科 「庭園」 森 蘊著より

天龍寺の庭について考えてみよう(4)

庭園観察メモ


●池の水はどこから来て、どこに行くのだろう。

●隠れた部分の広がりを、見える部分で暗示する。

●石による池の奥行き感。

●遠景、中景、近景。近景の中に自分がいる。

●とんがったい石は、舟のナワ掛けのよう。

●静けさ、匂い、色調、音(虫や鳥)、ゆらぐ光、湿度、地形

●回遊路を歩く人を見るとはどういうことか。

→水墨画に描かれる「人」は、絵の中で、どのような役割を担っているか?