
話はいつのことかはっきりしませんが東北か北陸の雪深い寒村でのこと、その村では女は70歳になったら山へ捨てられる習わしがありました。
映画の主人公カユも息子(?)に背負われ雪の中に置き去りにされました。
しかしこの山の村とは反対の側に、かつて捨てられた女たちがコミュニティを作って自給自足の生活をしており、カユはその人たちに助けられてコミュニティの一員になります。
コミュニティのリーダーは30年前山に捨てられた老女で、かつて彼女たちを捨てた村を襲い、男たちを皆殺しにしようと考えており、いろいろ準備を進めていたのでした。
老女たちの中には村を襲うことに反対な者もおり、その反対者を残してリーダーは襲撃を実行しようとします。
ところが雪崩が起きたり、人食い熊が現れて老女たちを襲ったりして、襲撃のメンバーは次々に死に、村落の襲撃は立ち消えになり、最後には熊が村落を襲って死者が出て、血なまぐさい場面が多くなり、あれ、復讐の話はどうなったの?という結末。ちょっと肩すかしの映画なのでした。
この映画の監督は天願大介、「楢山節考」を監督した今村昌平の息子だそうで、この映画は「楢山節考」の後日談ということになるのでしょう。
この映画を見て、私は以前読んだ村田喜代子の「蕨野行」を思い出しました。「蕨野行」に出てくる村落では、60歳になった老人は男女、身分に関わりなく、蕨野という所に移住して暮らし、毎日村へ通って農作業を手伝って、一日分の食料を得る、歩けなくなったらそれで終わりというような話だったと思います。
姥捨ての話は日本のあちこちにあったようですが、これは本当の話なのか、ただの言い伝えか、少し調べてみました。それによるとどうも現実の話ではないようで、では何故こういう話が残っているのか疑問です。
これが人間の社会のことでなく動物の世界なら、生殖能力を失った個体がいつまでも餌を食べていたら、その種の繁栄にとってはマイナスではないか、そこら辺から姥捨てなんていう考えが出てきたんだろうか? 一篇の映画からあれこれ考えてしまいました。
今度はもう少し明るい映画を見たいです。