
動物好きの私は大いに関心があったのですが、その頃は病人の看病に忙しく、結局読まないまま日が過ぎました。それを最近になって文庫本で読みました。
ドイツ文学者の中野孝次が親戚から柴犬の子犬をもらいうけ、13年の年月を家族として過ごし、死なれるまでの記録です。
子供の無かった夫婦が一匹の犬に愛情を注ぎ、犬なしでは生きてゆけないような親密な関係を保つ、その日々の記述が動物好きの人間にとってはたまらない感動を呼びます。
圧巻は冬の志賀高原でハラスが行方不明になった時、夫婦は雪の中を犬の名を呼んで探し回り、有線放送を依頼し、新聞広告を出し、新聞に折り込むチラシを用意し、必死に探します。
「さがして下さった方には10万円のお礼をいたします」の文の後に「万一死体となったいても応分のお礼をいたします」と続く新聞広告に涙が出ます。
結局ハラスは痩せ細って帰ってくるのですが、それを私は涙を流して読みました。
さて、私ですが、私の長い一人暮らしの傍にはいつも猫がいました。一人暮らしは私の性に合っているとか言いながら、この20年あまり、こころの何処かには隙間があって、その隙間にはしっかり猫が入り込んでいます。
今では猫の表情を見ただけで彼が何を要求しているのかわかるようになりました。
ペットは人間よりずっと早く年をとります。「ハラスのいた日々」の中で著者が自分より早く老いてゆくハラスを寂しく見つめる、そんなくだりを私も自分のペットに重ね合わせて読みました。
この猫と別れたら、自分の年齢から考えて、もうペットと暮らすのは無理だなあ、しみじみそんなことを思うのでした。