認知症母から
ついに 言われてしまった
あなた 誰だっけ?
それは
私が 毎晩続けている
母の 歯の仕上げ磨きを
やり終わった時だった
母の 歯は
そのテキトーな性格と
生来 丈夫だった 歯質に甘え
口腔衛生に対する 認識を
アップデートしなかったことで
近年になって
悲惨な状態になってきていた
ある日
母が通う 歯医者の先生から
これじゃ いくら治療しても
追いつかない
と
さじを投げられかけたことが
あって
以来
先生のアドバイスの もと
私が
母の歯の 仕上げ磨きをするのが
毎晩のルーティンになったのだった
♪シュワシュワ クチュクチュ♪
と 歯磨きの歌を歌いながら
抜けて 数少なくなった
母の歯を 磨く
終わると いつも母は
ありがとうね
こういうことは
ひとからやってもらうと
ホント 気持ちいいわ
と
嬉しそうに 笑ってくれるので
その時間は
私にとって
ちょっと めんどくさい時間では
あるんだけど
楽しい時間でも あった
ん ・ だ ・ け ・ ど
その日は
いつもの言葉の 後に
母の もう一言が あった
ところで
あなたは 誰?
ところで
あなたは 誰?
ところで
あなたは 誰?
いつか 母から
このセリフが吐かれることは
予想していた
その時 私は
いったい どんな反応をするんだろう
と
いろいろ 想像もしていた
ショックを受けて 取り乱すか
淡々と 受け止めるか
思わず 否定するか
スルーするか
実際の 私は
その言葉を言われた時
頭の中に 走馬灯のように
子どもの頃の
母との懐かしい思い出が
浮かんでは 消えた
そして
頭の中の 若かった母と
眼の前の 年取った母とを
比べて
一瞬
眼前の老婆は
母ではないような 気がした
いやいや
今 思い出している
若い母のほうが 妄想なのか
そんなふうにも 思った
まあ
でも
そんな 混乱も
次に 母の発した言葉で
即 ぶっ飛んだ
な~んだ 娘なのかあ
娘だったら
気を遣わなくてよかったのに
あ~あ
今までソンしちゃった
ちなみに
上記の言葉は↑ 一字一句違わず
母が言った そのままです
私は
すぐに その言葉に 噛みついた
なんで 娘には
気を遣わなくていいのよ!?
だって
そこには 娘に対する感謝なんて
微塵も感じられなかった
…な~んてことを 書くと
ひとに 感謝を期待するほうが
おかしいのでは?
とかって
思われるかもしれないけど
でも
「あなたに気は遣わない」
と 言い切るひとのために
自分の けっこうな時間を
割く毎日は
さすがに キツイ
すると母は
だってえ
と ちょっとクネクネしながら
言った
自分の娘だからよ
お嫁さんだったら
そうはいかないだろうけど
じゃ つまり 娘だったら
何を言っても やってもいい
ってこと?
私が 被せるように
再度 聞くと
母は
そうよ~
そう言って
今度は 楽しそうに
私の背中を ぽんぽんと叩く
気を遣わない関係が
いいのよ
つまり 娘が 一番ってこと
叩かれながら 私は
は~?
全然 よくないし!
心の中で 毒づく
でも
日々 記憶が失われ
自分が壊れていくような 不安の中
それでも 母が 気を遣わず
自然体でいられるのが
娘だ と
娘のことが わからなくなるほど
ボケた頭でも
そう 思うのだとしたら
それは
やっぱり
娘にとって
よろこばしい言葉なのかも
母の あの 受け入れ難い言葉は
一周回って
私に ありがとうを伝える
母の
精一杯の言葉だったんだ
と
そう 思うことにする