母の兄が 亡くなった

 

 

母は

あまりのショックに

記憶が 混濁中で

あらぬことを 口走る

 

 

伯父さん

(母にとっては 兄だけど

我が家では「伯父さん」と呼んでいる)

元気にしているのよね?

 

そう 私に

何回も 何回も 聞く

 

 

先週 亡くなったよ

 

えええっ

 

 

こんな会話を

この2週間

何百回 繰り返したことか

 

 

そして

しばらく 嘆き悲しんだ後に

 

どうして死んだの?

あんなに 元気な人だったのに

 

と続くのが お約束

 

 

時によっては

 

医者が

年寄りだからって

治療してくれなかったんじゃないの

 

とか

 

ホームのスタッフに

◯されたんじゃないの

 

とか

 

聞くに堪えない 被害妄想が

止まらないことも

 

 

 

確かに 伯父は

とあるアマチュア格闘技で

全日本で 何回か 優勝経験もある

スポーツマンだった

 

そのマスターズ選手権では

最高齢の選手として

88歳まで 出場し続け

何度も 優勝した

 

もっとも 

年齢別の試合で

エントリーした人が 一人しかいなくて

不戦勝での優勝

ってのも あったけどね

 

 

90歳を超えても 一人暮らしで

 

革ジャンに バイクで

毎日 ジムに通い

 

テレビや雑誌でも

「お元気おじいちゃん」として

何度も 取り上げられていた

 

 

だから

 

母の中で

伯父は ずっとスーパーマン

 

納得できないのは

わかるけどね

 

 

でも

もう 97歳だったしね

 

 

 

そもそも

亡くなる 3日前に

 

もう 長くない

 

と いとこから 電話をもらって

私は 急いで

母と叔母を連れて ホームに行き

 

静かに横たわる

枯れ木のようになった 伯父と

会ってきたばかりだ

 

 

最初のうち 母も 叔母も

一生懸命 話しかけたり

手を握ったりしていたけど

 

伯父の反応は ほとんどなく

 

ふたり共

間近に迫った 伯父との別れを

現実として 受け入れたはずだった

 

 

に  も  か  か  わ  ら  ず

 

 

 

もっと 言うなら

 

その後 叔父が亡くなった時

母は 斎場まで行っている

 

斎場の人が

あまりに悲しむ母に 同情してか

次々 お花を渡してくれて

誰よりも たくさん

棺に お花を入れてたし

 

誰よりも たくさん

お骨も 拾った

 

 

に  も  か  か  わ  ら  ず

 

 

母は あれからも

 

おじさん 元気にしてるのよね?

 

と 繰り返す

 

 

母にとってこれほど衝撃的な出来事が

母の記憶に 留まらない

 

しかも 伯父の記憶だけでなく

今までは覚えていた

その周辺の

 

例えば 他の親戚の記憶とかも

抜け落ちてしまっている

 

 

これは マズイ

 

そう 思って

私は

この状態が 固定化しないように

最後にホームに行って 撮った写真を

見せたり

 

親戚の話とかも

たくさん しているんだけど

 

 

でも そんなことをしながらも

 

母にとっては どうなのかな

 

という思いも 頭をよぎる

 

 

 

たとえ それが 妄想だとしても

 

伯父さんが 元気に生きていて

 

父や 祖父母や 姉たちも

生きている 世界で

母が 楽しく暮らせるのなら

 

それは それで しあわせかも

 

 

そんなふうに

思ったりも する