今年も、最後の1週間となりました。
今年も、たくさんの人たちに支えられてここまでこれました。

2011年は、年女のワタシにとって、忘れがたい年となりました。
(考えてみたら、2010年も結構すごかったのですが<こんな日記を書いていました>)

まずは、3月の震災で、大事な人を亡くされた方々、今でも仮設住宅などでの大変な生活を強いられている方々、原発の影響で住み慣れた町や仕事、学校などを去らなければならなかった方々などを思いますと、心痛に耐えません。
このブログで、文句や愚痴をたれつつも、健康で家族一緒に暮らせていることはとても幸せなことです。

ワタシは、青森県八戸市の出身です。



地震発生時、アメリカの自宅で寝ておりましたが、義理ママから朝6時に電話があり
『あなたのホームタウンの名前を何度もニュースで言ってるわよ!日本が大変なことに!』

その後はTVジャパン(北米の日本語放送)のニュースにかじりつき、実家や妹・弟家族との連絡をあらゆる手段を使って取り続けましたが、確認が出来たのは12時間後でした。
その12時間は、とにかく永遠のように感じました。

今年の漢字が「絆」だったのは個人的にほっとしたニュースでした。
これがネガティブな単語だったらなんか嫌だなって。
ワタシ自身も、ふるさと日本との絆を強く感じられた1年だったし。

そして5月、震災のためのチャリティー活動に参加させてもらってる中、

「もしかしたらドイツ行くかも」

というオットの言葉。
2010年に無職という辛い経験をしてやっとついた安定した職。
なのに、希望異動の形で言葉も分からぬ国へ。

なんという男!と心の中で何度ののしったことか(苦笑)

45日間で、家を貸家にし、車を売り、必要のないものを処分し・・・
これらを3歳児と1歳児がうろうろする中やらなきゃいけなかった。
義理ママが近所に住んでたにも関わらず、台所用具と冷蔵庫の中身がすべてなくなった後1週間、アメリカ出国まで1度も食事によんでもらえなかったことは、一生恨みますねSAYUコラ!

こんなコロラドから
$abechiのヒビツレヅレ~ドイツから編
(これは、キャンプ旅行先のエステスパークなので、さすがにこんなとこに住んでたって書くのは大げさだけど)

こんなとこに引っ越してきてさ
$abechiのヒビツレヅレ~ドイツから編

言葉も分からず、勝手も分からず、仲良くしてた友達が恋しくて、息子と一緒にしくしく泣いた日々だったよ。

オットが出張と同時に逃げ帰った日本で癒され、パワーを蓄えてドイツに戻り、その後は子供の学校と習い事だとあくせくする毎日。

じょじょにお友達もできて、楽しめるようになってきた。

そんなドイツ生活ももう半年。改めて、周りの人たちに感謝です。
自分の中で、なんというか、生きてく心構えみたいなのが、震災前と後じゃ変わった気がします。

って書きつつも。

また来年は、ドイツ国内で引越しの予定です。。。なんでよ???(と感謝しながらも怒る)

今度はヴィースバーデンというとこです。<こんなとこのようです>
うちのオットは、前も書きましたが、米軍で働いてる政府職員でして。
勤務先が丸ごと、ここに移転するんですよ。
っていうかさ、移転するの分かってて、アメリカから家族連れで引っ越してこなきゃいけない人を採用するか?また引越し費用とかかかるの分かってるのに?
オットを採用する前に、今まで働いてた人、大量にレイオフ(解雇)したらしいし。

予算削減削減言っていろんなとこ削ってるくせに、やってることが半端なくヴァカ

って思ってる外国人嫁ですけど・・・それがなにか?(苦笑)

また来年も、何もない平凡な1年とはいかない我が家のようですが、とにかくがんばります!

こんなブログですが、よろしくお願いいたします。

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