先週、母が94歳の生涯を終えました。
健康自慢の母もここ数年は病院の往復。
退院の度に驚異的な生命力で復活したけど、今回はダメやったね。
やっぱり昭和一桁はバケモノだ。
女学校時代、軍需工場で逃げ遅れてグラマンに機銃掃射を受けた母。
戦闘機のガラス超しに見えたサングラスをかけた米兵に「かっこええ」と感じたとか。
音楽の教員になってからも、また夜間に音大に通ったというそのガッツは晩年も健在。
有り余ったエネルギーで周りのものを振り回す事も多々。
荒れた中学校の生活指導で生徒には恐れられたらしいが、退職前は支援学級の指導へ。
阪神大震災で唯一目覚めなかった母も、「周りには秘密にしといて」という恥じらう一面もあった。
70過ぎてもベンツをブンブン走り回っていたが、最後は石垣に激突して免許返上。
母との思い出は書ききれないが、自分が親になってからはどれも感謝でしかない。
自分の親ながらディープな人やったが、かみさん曰くしっかりとDNAを受け継いでいるとか。
ありがとう
お母さん
