4月15付け讀賣新聞夕刊の見開き特集「ALL ABOUT市村正親」に寄稿しました。彼の主役作品ベスト5を選び、寸評を加えた内容です。今や「日本ミュージカル界の座長」と呼ぶにふさわしい実績と貫禄を備えた彼に更なる飛躍を期待したいと思います。

 

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 足掛け48年、ほぼ半世紀に及ぶ出演リストを前にして、その数の多さ、作品の多彩さに茫然となる。主演作が多い。ミュージカルだけに絞ったとしてもベスト5を選ぶのは至難の業である。試しに順不同で選び出してみた。


 まず「オペラ座の怪人」の怪人、オリジナル演出家、巨匠ハロルド・プリンスの眼力が、市村本人も気づいていなかったであろう隠れた可能性を見抜き、大抜擢となった。市村もアンドリュー・ロイド=ウェバーの難曲をわがものとし、愛敬あふれる独特のファントム像を造形してみせた。この一生に一度あるかないかのチャンスを見事生かし得たからこそ、今日の彼がある。


 劇団四季時代に演じたあまたの役からもうひとつ、「コーラスライン」のポールをとる。同性愛者を自覚する若者の苦悩が魂の叫びとなって私の胸に響いた。ポールの場面はドラマが終局に向って急速に動き出す要所(かなめどころ)だが、市村はそのことをしっかり自覚し重責を全うしていた。この作品でも彼はオリジナル振付・演出のマイケル・ベネットから直接駄目出しを受けている。なんという好運!
 

 好運といえば、フリーになったとたん「ミス・サイゴン」のエンジニアという大役に巡り逢えたのも好運、いや強運にちがいない。ただしこの役は大役以上に難役でもある。一種の司会・進行役と見えながらヒロインを上回る存在感が求められるからだ。市村エンジニアは、軽妙さと風格とそのふたつのバランスが実にいい塩梅で、いつ見ても惚れ惚れとなる。


 時折、私はこのミュージカル俳優に思い掛けず芸人根性をかいま見ることがある。その種のしたたかさを存分に発揮した好例が、「ラ・カージュ・オ・フォール」のナイトクラブ芸人アルバン(ザザ)だろう。徹底した女装と巧妙な歌いぶりから、観客を楽しませようとするエンターテイナー精神がほとばしり出る。鹿賀丈史(クラブの経営者ジョルジュ)との呼吸の絶妙なこと。


 大方の予想では「生きる」はミュージカルには不向きな素材で100%失敗作になると思われていた。創作スタッフの渾身の努力で国産ミュージカルの秀作が誕生したのはめでたい。気弱そうな善人、渡辺勘治のイメージに市村の飄逸さがぴたりはまったせいもある。市村にはジェイソン・ハラウンド作曲の楽曲をより深めることを望みたい。
 

 番外に日本の演出家による、市村主演のストレート・プレイを2本挙げる。ミュージカルを含め演技者市村正親の骨格を作り上げたのはこの2人だから。浅利慶太演出「エクウス」、蜷川幸雄演出「NINAGAWA・マクベス」。