甘くて艶やかなテノール、端正な顔立ち。ミュージカルの新星、田代万里生の活躍が、最近、目立つ。デビュー10周年記念アルバム『Simpatia MARIO TASHIRO』(ホリプロ)を聴いて、その人気を裏打ちするに足る才能の持ち主だということが、改めて理解できた。

 

 このアルバムの特色は、クラシック、ポピュラー、ミュージカルの見事な融合(あるいは混淆)という一点に尽きる。田代の高度な技倆、柔軟な感性あって初めてなし得るわざである。

 

 たとえば本人が作詞した「愛のことば~ベートーヴェン第九~」。かの名高き合唱パートをバラード風の独唱に見事〝変身〟させている。アイディアからしてなんと大胆な!

 

 田代は、2009年、ミュージカル『マルグリット』でデビューした。オペラ『椿姫』を下敷にミシェル・ルグランが作り替えた作品だ。もちろん二枚目役アルマンを演じた。オペラ出身の田代にふさわしいデビュー作といえる。今回のアルバムでも主題曲「ジャズ・タイム」を歌っている。しかもピアノまで受け持って。歌もピアノもノリがいい。

 

 ルグラン追悼の新曲もある。「さよならを抱きしめて--ルグランに捧ぐ--」。作詞松井五郎、作曲鷺巣詩郎。天空を連想させるスケールの大きな曲調と澄明感あふれる声質とがぴたりと重なり合う。

 

 鷺巣作・編曲の「フィルママン・ヴォカリーズ」も聴き応えがある。大編成のロンドン・スタジオ・オーケストラによる演奏をバックに、田代が気持ちよさそうに歌詞なしのヴォカリーズを披露する。そうとうな歌唱力がなければ、とても恐くてできない芸当だ。

 

 出演したミュージカルからの楽曲では「愛さずにいられない」(『エニシング・ゴーズ』)「遠いあの日に」(『ラブ・ネバー・ダイ』)などが並ぶ。音符ひとつひとつをいとおしむように歌っている。その分、深い情感が聴く者の胸に響く。張りのある高音が美しい。日本のミュージカルの歌唱レベルもここまできたかと、私は格別の感慨を持たずにいられなかった。

 

 アルバム・タイトルは第1曲目の「Simpatia Prelude~威風堂々~」に拠る。自作のピアノ曲「Simpatia 」とE・エルガーの「威風堂々」と合体させた曲だという。

 

Simpatiaはイタリア語で共鳴・共感を意味するとのこと。田代万里生という個性のなかでさまざまな音楽的要素が共鳴・共感し合い、そうして出来上がった田代ワールドと私たち聴き手が共鳴・共感し合う----

きっとそのような目に見えないしあわせな光景が、あちこちで出現していることだろう。

 

      (オリジナルコンフィデンス  2019/9/23号 コラムBIRDS EYEより転載)

 

   田代万里生の才能、実力、人気の原点が凝縮された素晴らしいアルバムです。