私の友人知人たちのなかでハリウッド通の人たちは、誰もが作品賞は『ROMA/ローマ』で決まりと断定していた。ことしの第91回アカデミー賞のことだ。対抗馬は『グリーンブック』。恒例「キネマ旬報」の予想座談会(渡辺祥子、細越麟太郎、襟川クロ)でも2対1で『ROMA/ローマ』が有力視されていた。去年の第75回ヴェネチア映画祭での金獅子賞も有利に働いていたにちがいない。

 

 しかし、大方の予想に反して栄冠は、ライバルの『グリーンブック』にかっさらわれてしまった。こういう大番狂わせがあるから賞レースは面白い。

 

 『ROMA/ローマ』は、メキシコ人監督アルフォンソ・キュアロンの手になるアメリカ、メキシコ合作映画である。中産階級の家庭で働く家政婦を主人公に据えている。キュアロン監督自身の幼少期に材を得た物語だという。

 

 もしもこの映画がベスト・ピクチャーに選ばれていたら、ハリウッドは天と地が逆様になるくらいの大騒ぎが起こっていたにちがいない。製作会社がメジャー・スタジオではなく動画配信会社のネットフリックスだからだ。当然、公開はネット上のみである。

 

 今回、『ROMA/ローマ』が賞をとり損なったのは、投票権を持つ人々(映画芸術科学アカデミー会員)の多くが、ネット企業製作々品の受賞はまだちょっと早いと判断した結果だろう。

 

 先のキネ旬座談会でも「ネフリの作品は資金が潤沢でクリエーターの自由度も高い」(襟川)という発言が見られる。今後、映画産業対ネット企業との戦いがどう繰り広げられるのか?

 

 『グリーンブック』(監督ピーター・ファレリー)についても触れておこう。この作品も実在の人物と実際に起こった出来事に基づく。有名黒人ピアニストと彼に雇われたイタリア系白人の用心棒とがアメリカ南部各地でのコンサート・ツアーに出掛ける。時は1962年。人種差別のひどさは並大抵ではなかった。

 

 恥ずかしながら、私はその実在のピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリーについてまったく知らなかった。9歳からレニングラード音楽院で学んだだけに、クラシック音楽に専念したかったが、あの時代の黒人音楽家には許される道ではなかったという。

 

 映画の主題のひとつはもちろん差別である。当時と比べたら人種差別は大きく解消された。しかし、アメリカ初め世界各地からすべて差別がなくなったわけではない。依然、様々な“壁”が立ちはだかっているかに見える。この映画はその現実に気づかせてくれるだけでもアカデミー賞作品賞に値するのではないか。

 

  (オリジナル コンフィデンス  2019/3/25号 コラムBIRD’S EYEより転載)

 

 表紙写真は『ROMA/ローマ』の一場面です。この作品についての詳しい記事も載っています。

 

                              

                     

       『 グリーンブック』のパンフレットです。