週刊新潮連載、北方謙三氏のエッセイ頁です。
北方謙三氏が週刊新潮に「十字路が見える」という題名で連載エッセーを書いている。9月6日号のその頁で布施明の新アルバムがとり上げられていた。題名は明記されていないが、間違いなくことし5月に発売された『WALK』(徳間ジャパン)のことだ。がーんと一発喰わされたようなすこぶる鮮烈な文章だった。
たまたま知人からCDをもらった氏は、さっそく、聴いたところ、「不意に、言葉が感性のなかに飛びこんできた。ひとつひとつの言葉が、実に明瞭なのだ」「歌い手の語りかける意味以外に、私の中に別のものが立ちあがってくる。これこそ唄だと私は感じた」という。
北方氏はその感動の因って来るところ次のように仔細に分析する。昔、氏は岸洋子、越路吹雪が好きだったそうで、岸、越路、布施の3人が比較論評される。
「岸洋子は、音符に忠実に世界を構築し、その中で思いを伝える歌い方だったと思う。越路吹雪は、やや音程をデフォルメして、情念を表面に出すタイプだったのではないか。(中略)布施明は、岸洋子の歌い方に似て、そこに熱情が入る、というのが私の感覚だった。しかし今回聴くと、熱唱の中に情念も剥き出しになる。私にとっては大きな発見だが、布施明という人は、自分の歌い方を、ただ貫いてきただけなのではないか」
越路、岸の比較はまさにおっしゃる通り。更に岸と布施を同系統と見做すのは一見唐突のようだが、一種、折り目正しい歌いぶりという点では確かに似通っている。その上で今回の布施が新たな境地に達していることを指摘しつつ、いや本人は格別変化したわけではないと言い添える。すべてお説の通り。
布施の本質を見抜くと同時に、これ以上ない讃辞となっている。
ちなみに北方氏と布施はともに1947年生まれだという。
『WALK』には新曲12曲が収録されている。「君は薔薇より美しい」の作詞・作曲コンビ、門谷憲二、ミッキー吉野が手掛けた曲が2曲、布施自身が作詞・作曲した曲が1曲、布施が作詞のみ受け持った曲が2曲含まれる。
リリースに当たって本人が明言していることだが、布施自身、タイトル曲の「WALK」(作詞松井五郎、作曲ポール・バラード)を自らの「マイ・ウェイ」と位置づけている。フランク・シナトラが「マイ・ウェイ」をレコーディングしたのは53歳のときだった。70歳を超えた布施が同工異曲のナンバーを持ち歌としてもなんの不思議もない。
WALKという一語には彼が歩んできた道、これから歩むであろう道、その両方が凝縮されているのだろう。
(オリジナル コンフィデンス 2018/10/22号 コラムBIRD’S EYEより転載)