エヴァが「アルゼンチンよ、泣かないで」を絶唱する名場面。

誰もが涙します。

(C) Emma Kingston as Eva - Evita International Tour 

- Photograph by Pat Bromilow-Downing.

 

  遠く南半球の彼方に、これほどミュージカルのヒロインにふさわしい女性が実在していたとは!?なによりもまず彼女はずば抜けて美しかった。わずか33年ながら、起伏に富んだ劇的な人生を送った。彼女は国のために尽くした聖女だったのか、大衆を操っただけの魔女だったのか。

 

 エビータことマリア・エバ・ドゥアルテは、1919年、アルゼンチンの片田舎で生まれた。しかも私生児。15歳で首都ブエノスアイレスに出奔し、モデル、女優として売り出す。武器は美貌、色気、そして才気だった。

 

 寄ってくる男たち、芸能人や軍人を手玉にとった。なかでも副大統領ホワン・ドミンゴ・ペロン大佐に接近を図る。恋のアタックか権力願望か、誰が知ろう。

 

 大衆の人気とりがうまかったエビータの助力もあり、ペロンは大統領の座に。名もなき田舎娘はとうとうファースト・レディにまで上り詰める。上流階級には嫌われたが、労働者階級には人気が高かった。

 

 しかし、その絶頂期、彼女は末期癌に侵され、愛する?国民とともにあるのもあと僅かと告げられる。『エビータ』といえば、イコールその主題曲「アルゼンチンよ泣かないで」だが、この曲が私たちの心を揺さぶらずにおかないのは、彼女の悲劇的運命と完全に一体化しているからだと思う。

 

 『エビータ』は、ティム・ライス(作詞)とアンドリュー・ロイド=ウェバー(作曲)の共同作業がもっとも理想的なかたちで結実した最高の作品である。魅力的な(かつ多面的でもある)ヒロイン像、その彼女の運命を浮き彫りにする劇的展開、物語を更に高揚させる色とりどりのナンバーなど、一級品のミュージカルに必要な条件をすべて備えている。このような例はミュージカル史上そうあるものではない。

 

ロイド=ウェバーが『エビータ』を書いたのは『キャッツ』『オペラ座の怪人』以前、20代後半のことだ。それだけに若書きらしいエネルギーがあふれる。その彼も、ことし3月22日、70歳の誕生日を迎え、自伝「アンマスクト(仮面をとる)」を出版した。そのなかで彼は、エビータが〝ハートのクイーン〟という愛称を奉られていたこと、その40年後、ダイアナ妃が「英国民の〝ハートのクイーン〟でありたい」と願っていたことを記している。

 

 人々がいつの時代でも求めてやまない〝ハートのクイーン〟とはどのような存在か。あこがれのアイドルか扇動者か?その答えはミュージカル『エビータ』のなかにある。

 

   (讀賣新聞 2018年5月21日 エンタメステーション 東急グループ広告より抜粋)