グラミー賞にはベスト・インプロヴァイズド・ジャズ・ソロという部門があるらしい。インストゥルメンタル、ヴォーカル両方に跨り、過去の受賞者にはエラ・フィッツジェラルド、チャーリー・パーカーらそうそうたる顔ぶれが名を連ねる。ことし選ばれたのは、ジャズ・ヴォーカリストの新星セシル・マクロリン・サルヴァントであった。

 

 賞の対象になったアルバムは「ドリームス・アンド・ダガーズ」(キングインターナショナル)。当のセシルは1989年生まれ28歳、まだずいぶんと若い。

 

 その彼女がブルーノート東京に出演するというので、ふらりと出掛けてみた(3月24~26日、24日2回目所見)。グラミー賞に惹かれただけだから、予備知識、予習まったくなしで……。

 

 びっくりした。第1曲目の「レッツ・フェイス・ザ・ミュージック」を聴いただけでこの歌手が只者でないことがよくわかった。幅広い音域を自由に使いこなす歌唱力といい、明晰そのものの歌詞の伝え方といい、完璧というほかない。贅沢をいうとスキがなさ過ぎて幾分息苦しくなるくらいだ。歳を重ね遊び心が生じるのを待つとしよう。

 

 改めてブルーノート東京のHPから私の見た回のセットリストをチェックすると、同じ道の先輩たちが名唱を残している楽曲がいくつか含まれていることに気づく。ベッシ―・スミスの「サム・ジョーンズ・ブルース」、ビリー・ホリデイの「ファイン・アンド・メロウ」などだ。先輩たちへの敬意とともに、ジャズの王道を進むのだという決意の表明とも受けとれ、大変心強く思った。

 

 ミュージカル・ナンバーに対しても積極的に向き合う姿勢がうかがわれる。ジャズ・スタンダード曲の源泉がミュージカルにあることがよくわかっているからだろう。ただし選曲には一捻り利かせてある。『ファニー・ガール』からならもっとも有名な「ピープル」ではなく、やや軽めの「イフ・ア・ガール・イズント・プリティ」というように。

 

 3月24日第1回目のステージでは『マイ・フェア・レディ』から「君住む街」を歌ったようだ。この曲、確かに名曲ではあるが、劇中では男性が女性に捧げる恋の歌だから、あまり女性歌手はとり上げない。セシルがどう料理したか、できればこの耳で確かめたかった。

 YouTubeにアップされている彼女の画像には、「バラ色の人生」「待ちましょう」などシャンソンを歌っているものがいくつかある。フランス出身の母親の影響だろうか。感情過多にならない歌いぶりが新鮮に響く。守備範囲が広い分、寄せる期待もますますふくらむ。

 

〈追記〉

C・M・サルヴァントのライヴでは伴奏のトリオが彼女をしっかりと支えていました。とくにピアノのアーロン・ディールとの掛け合いのスリリングだったこと。阿吽(あうん)の呼吸のお手本みたいでした。

 

(オリジナル コンフィデンス  2018/4/23号 コラムBIRD’S EYEより転載)

 

  撮影 : 古賀 恒雄                             Photo by Tsuneo Koga

                             

 ブルーノート東京で熱唱するサルヴァント