ディズニーの歴史にはディズニー・ルネッサンスと呼ばれる特別の時代がある。といっても、そんな昔のことではない。20世紀末の1989年から99年にかけてのことだ。スタジオが新鮮で活力あふれるアニメ作品を次々と世に送り出した約10年である。

 

 ディズニーが手掛けてきたライヴ・ミュージカルには、この時代の傑作アニメを原作とした作品がずらり顔をそろえている。1994年、初めてブロードウェイに参入した『美女と野獣』はもちろん、舞台化の順にたどると『ライオンキング』『ノートルダムの鐘』(ブロードウェイ未上演)『ターザン』『リトルマーメイド』『アラジン』など。

 

 『ライオンキング』『アラジン』という超強力作品が含まれるせいもあって、ディズニー・ミュージカルというと、この系列の舞台という印象がすこぶる強い。

 

 例外としては実写ものの自社作品がベースの『メリー・ポピンズ』『ニュージーズ』、オペラと同じ素材の『アイーダ』、小説から脚色した『ピーターと星の守護団』が挙げられる。それから開幕したばかりの『アナと雪の女王』。ルネッサンス期ではない、しかも公開からさほど年数のたっていないアニメを舞台化するのは、希有の試みである。

 

 『メリー・ポピンズ』でもっとも注目すべきは、ディズニー単独ではなく、ウエストエンドの大プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュとの共同製作という点にある。

 

 話は遡って1996年3月6日、私は、ロンドン・ベッドフォード・スクエアのキャメロンのオフィスで彼とかなり長時間の対談をおこなった。拙著「劇団四季MUSICALS」(日之出出版)に対談記事を掲載するためである。キャメロンが『メリー・ポピンズ』の劇化・上演権を取得しているという噂が、当時すでにあったので、単刀直入に上演の可能性について問いただしてみた

 答えはひとこと、「Who knows?」

 

 ただ原作者のトラヴァース女史は、ジュリー・アンドリューズ主演のディズニー映画があまり好きではないという裏話を教えてくれた。

 

 たとえ劇化・上演権を手にしていたにしても、この大プロデューサーに泣きどころがなかったわけではない。単独でのプロデュースを決意しても、映画でおなじみの楽曲「チム・チム・チェリー」「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」の使用許諾権はディズニー側が握っているので、ノーといわれる可能性だってある。

 

 あれだけ広く長く人々に愛されてきた楽曲抜きで舞台に掛けた場合、観客動員にも影響が出てくるだろう。

 ディズニーにしろ事情は同じである。有名楽曲の使用権だけ手元にあっても、肝心の劇化・上演権をキャメロンに握られていたら、前に進めない。両者の思惑は誰か仲介役に立ってくれる人はいないか、その一点にかかっていた。

 

 幸い適任者がひとりいた。イギリス人の舞台美術デザイナー、ボブ・クロウリーである。彼はキャメロンとは『回転木馬』『イーストウィックの魔女たち』、ディズニーとは『アイーダ』でいっしょに仕事をし、双方から絶大なる信頼を得ていた。彼の存在がなかったらこの世紀のプロジェクトは陽の目を見なかったろう。

 

 『メリー・ポピンズ』のオリジナル・クリエイティヴ・スタッフを見渡すと、演出のリチャード・エア(もとロイヤル・ナショナル・シアター芸術監督)を筆頭にイギリス勢、それも一流の顔ぶれが勢ぞろいしている。脚本ジュリアン・フェローズ(『ゴスフォードパーク』)、振付マシュー・ボーン(『白鳥の湖』)、舞台美術ボブ・クロウリー。

 

 新しい楽曲を手掛けた作詞アンソニー・ドリュー、作曲ジョージ・スタイルズのコンビ(『ジャスト・ソー』)も例外ではない。

 

 すなわち、この面子にはキャメロンの意向が率直に反映していると見ていい。イギリスの物語なのだからこの陣立てで正解なのだろう。

 

 『メリー・ポピンズ』はディズニー・ミュージカルでありながら、英国色濃厚というところに著しい特色がある。そもそもメリーの職業ナニー(住み込み家庭教師)からしてイギリスの専売特許ですからね。

 

 ディズニー・ミュージカルには英国勢と共同製作した舞台がもう1本ある。ナショナル・シアターと手を組んだ『ピノキオ』(4月10日まで上演中)である。ナショナルの卓越した開発力にあやかろうという魂胆か?

 

(シアターガイド5月号より転載)


『メリー・ポピンズ』観劇前か後に是非特集をご一読ください。