恋とはなにかを学べる最上級の教科書

 

 よく「安倍さんのいちばん好きなミュージカルは?」という質問を受ける。そういうとき私は間髪入れず答える。「『リトル・ナイト・ミュージック』です』

 

 なぜ『リトル・ナイト~』なのか?まずスティーヴン・ソンドハイムの音楽を挙げる。洗練の極致。これほど透明感あふれる美しい楽曲(歌詞も作曲者自身)に彩られたミュージカルは、ほかにちょっと見当たらない。どの曲も少し乙に澄ましているけれど、そこが魅力だし、だからといって親しみにくいわけではない。

 

 物語がお洒落という点でも天下一品である。ブロードウェイ・ミュージカルは、長年いわゆる〝ボーイ・ミーツ・ガール〟もの(男女が出会い、恋に落ち、多くの場合めでたし、めでたしで終わるという筋書)が、その主流を占めてきた。しかし『リトル・ナイト~』はそんな紋切り型とはわけが違う。人目を忍ぶ恋、焼けぼっくいに火のつきそうな恋、立場を踏み越えた恋など、さまざまな恋が立ち現われる。恋とはなにかを学ぶのにこれ以上の教科書はなかろう。

 

 原作は、映画史上燦然と輝く巨匠イングマール・ベルイマン監督の『夏の夜は三たび微笑む』である。登場人物は女優デジレ・アームフェルト(大竹しのぶ)、彼女の昔の恋人で弁護士のフレデリック・エガーマン(風間杜夫)、彼の二度目の妻アン(蓮佛美沙子)、フレデリックと前妻との子ヘンリック(ウエンツ瑛士)、デジレの現在の恋人カール=マグナス伯爵(栗原英雄)、伯爵夫人シャーロット(安蘭けい)ら。アンモラルな面もあるけれど、そここそ味わうべきなのでは――。

 

     “恋の戯れ”にぴったりの名曲「センド・イン・ザ・クラウンズ」

 

 ひとり大事な登場人物を忘れていた。デジレの母親マダム・アームフェルト(木野花)だ。かつて欧州諸国の国王クラスと浮き名を流したらしい。劇中の入り乱れる恋模様に皮肉な視線を向ける存在でもある。

 

 原作映画の題名は、酸いも甘いも知り尽くしているこの老婦人が13歳の孫娘につぶやく科白にのっとっている。

 「夏の夜は三度微笑むのよ、最初は人生について恋についてなにも知らぬ、お前のような若い子のために、二度目はほとんど知らないお前の母親デジレのような者のために、三度目はすべてを知っている私のような者のために、ね」

 

 映画、ミュージカルに共通する物語の背景は、19世紀から20世紀に移ろうとするころのスウェーデンのどこかである。

 

 『リトル・ナイト・ミュージック』の音楽は主として3拍子のワルツで作曲されている。そもそもワルツには古典的典雅さと民俗的親近感が共存しているが、この作品の音楽性にはこのワルツの特色がごく自然に反映しているように思われる。

 

 最大の目玉の楽曲はデジレの歌う「センド・イン・ザ・クラウンズ」を措いてない。失敗した空中ブランコさながらあなたは宙に、わたしは床の上に、この失敗を繕うためにすぐ道化師を呼ばなくっちゃあ……。この作品の主題でもある〝恋の戯れ〟にぴたりの名曲である。カバーはフランク・シナトラほか数限りなし。私は、サラ・ヴォーンの歌ったものをこよなく愛する。淡々とした歌いぶりのなかに曲への親愛の情が滲み出ているからだ。

(「センド・イン・ザ・クラウンズ」の歌詞については村尾陸男著「ジャズ詩大全6」を参照しました)

 

                   ({コモ・レ・バ?} Vol.35 Spring 2018より転載)

 

 

           主演の大竹しのぶさんと風間杜夫さん